最近のドイツ労働法関連の著書4冊 (前半)

緒方 桂子(南山大学教授)

 2021年末から2022年春にかけて届いた、ドイツ労働法関連の著書を4冊ご紹介させていただこうと思う。いずれも、本協会の新進気鋭の会員が関わっておられる、たいへん読み応えのある研究書である。

 1冊目は、山本陽大『解雇の金銭解決制度に関する研究—その基礎と構造をめぐる日・独比較法的考察』(JILPT、2021年)である。本書は、労働政策研究・研修機構の主任研究員であり、特にドイツ労働法・労働政策分野での調査研究で活躍する山本陽大氏による著作である。
  同書では、第1章で日本における解雇の金銭解決制度をめぐる政策・議論状況を、第2章で欧州6か国、アジア3か国の解雇規制の状況を概観し、第3章以下でドイツ法における解雇の金銭解決制度が詳細に論じられている。そして、第4章で比較法的考察が行われ、終章で結ばれている。

 同書の中心は第3章である。第3章では、ドイツの解消判決制度(解雇制限法9条及び10条)、そして、2003年の労働市場改革によって解雇制限法に新たに導入された1a条を中心に、これらの制度をめぐる歴史的背景や学界での議論状況が検討、分析されている。
 「解消判決制度」というのは、解雇無効と判断した裁判所が、労働者及び使用者の双方に対し、使用者が労働者に対し補償金を支払うことと引き換えに労働関係を解消する権利を付与する制度である。この申立てが認められるためには、労働関係の継続を期待しえない事情(労働者が申立てる場合:労働関係継続の期待不能性の要件)、または、使用者と労働者との間で事業目的に資するさらなる協働を期待しえない事情(使用者が申立てる場合:継続的協働の期待不能性の要件)が存在しなければならない。
 また、解雇制限法1a条というのは、経営上の理由による解雇(整理解雇)が行われた場合に、無効確認訴訟の放棄と引き換えに、労働者に補償金請求権を取得させる制度である。

 折しも、日本では、2022年4月12日に厚労省「解雇無効時の金銭救済制度に係る法技術的論点に関する検討会」(座長:山川隆一東京大学教授)の報告書が公表され、日本で3度目となる解雇の金銭解決制度へ向けた議論が再燃しそうな状況である。その意味で、本書はたいへん時機を得たものであるといえよう。

 個人的には、使用者側が解消判決制度を利用する際に求められる「継続的協働の期待不能性」の要件は、具体的にどういった場合に認められるのか(かなり厳格に判断されている印象である。本書175頁以下)、また、山本氏がドイツで行ったヒアリング調査により得られた、ドイツにおける解雇紛争の実態(解消判決制度はほとんど利用されず、和解で解決する場合が多勢である。本書第3章第6節)に照らした場合に、日本における立法の必要性をどのように判断するかといったあたりに興味がある。
 なお、同書に関しては、ごくささやかな書評を、近日、『日本労働研究雑誌』No.743(2022年6月号・予定)において公表させていただく予定である。併せてお読みいただければ幸いである。

 

 2冊目も、同じく山本陽大氏による著作である『第四次産業革命と労働法政策』(JILPT、2022年である。
 同書は、労働政策研究・研修機構(JILPT)のプロジェクト研究「労使関係を中心とした労働条件決定システム」の報告書としてまとめられた『労働政策研究報告書No.209 第四次産業革命と労働法政策-“労働4.0”をめぐるドイツ法の動向からみた日本法の課題』(2021年3月)を、さらに最近の状況を組み込んで内容をアップデートしたものである。
 

 「第四次産業革命」とは、AI、IoT、ビックデータ、ロボットなどといった新たなデジタルテクノロジーによる産業構造の変化を指す。
 本書では、第四次産業革命の進展に関わって検討が求められる法政策を、①「職業教育訓練法政策」、②「『柔軟な働き方』をめぐる法政策」、③「『雇用によらない働き方』をめぐる法政策」、④「労働者個人情報保護法政策」、⑤「集団的労使関係法政策」の5領域に区分して、それぞれ丁寧に分析、検討が行われており、最新のドイツ労働法政策の状況を知ることができる一冊となっている。

 私としては、②で取りあげられているテレワーク、モバイルワーク規制、そして架橋的パートタイム労働制度、③で取りあげられているクラウドワーカーの「労働者性」の問題あたりに興味があるが、これらに関する法政策の動向や労使団体が提示した意見書、裁判例の状況の分析は、ドイツ社会のダイナミクスを感じさせてくれる。
 また、終章「総括」では、2022年1月時点ですでに立法措置がなされているものに「◎」、その段階に至ってないものの法案の形に取りまとめられ公表されているものについて「〇」を付けるという方式で、ドイツの労働法政策の現状を見やすくまとめてあり、この部分を眺めているだけでも楽しい。理知的で意欲的なドイツの立法政策は私にとっていつも刺激的である。日・独比較法的考察として、日本の労働法政策との対比が要領よく整理されている点でも、たいへん勉強になる一冊である。

 ところで、クラウドワーカーに関するドイツの動向については、後藤究「ドイツにおけるクラウドワークをめぐる議論動向」浜村彰・石田眞・毛塚勝利編著『クラウドワークの進展と社会法の近未来』(労働開発研究会、2021年)もある。
 また、本協会の2022年度シンポジウム(6月11日(土)開催予定)でも、ドイツ・ボッフム大学名誉教授ロルフ・ヴァンク先生をお招きして、同テーマに関し、ご講演をいただく予定である。
 シンポジウムのなかで、ヴァンク先生、そして他の会員のみなさんとより深い議論ができれば嬉しく思う。

(2022/05/07)