独日労働法協会ベルリン学会報告

吉田万里子(京都大学教授)

 2023年9月13日水曜日、ベルリン新空港に到着。
 初めてだが、多用された木材の内装(これが費用急増の一因か?)が暑苦しい。この街も、もう9月半ばなのに前日まで30℃あったそうだ。地球沸騰化は世界中で起きている。

 午後に線状降水帯のような土砂降りが10分ほど続き、おかげで少し蒸し暑さが取れた。夜には、ハーナウ先生(Jr.)も来られて、ビール醸造所で夕食。昨年マールブルクで美味しいソーセージを食していたからか、ここのソーセージはめちゃ不味い!
 労働時間把握のテーマはハーナウ先生のご提案であったことが判明。ところが本人は所用のため翌日の会議に参加できないとのことで、とても残念がっていた。帰り道は急にひんやりと肌寒い。

 翌日は目が覚めるような快晴。
 連邦使用者団体連盟の会場は、中庭に建物全体を覆うガラス張りの天井が付いており、シュトラスブールのEU議場を思い出した。欧州ではかなり前からこういう改築の仕方が流行っている。学会会場も差し込む自然光で溢れている。デュヴァル会長、荒木公使のあいさつ、記念写真のあと、セッション開始。発表は、冒頭の技術トラブルの他は順調に進んだ。

 厚労省で働き方改革関連法案を担当されていた川瀬一等書記官も全日程出席された。ドイツにおける労働時間把握の問題は、ドイツ連邦労働裁判所(BAG)の判決を発端としており、法律案が提示された今も欧州裁判所やBAGへの不満がそこかしこから聞き取れた。日本では2019年から労働時間把握が労働者の健康維持を目的として改めて使用者義務となっている。例外規定、測定手法、多様な働き方との関連性など共通の問題点が認められた。

 比較的新しい分野を扱った午後のセッションでも、両国の取り組み方や工夫がそれぞれに紹介された。
 不正告発者(ホイッスルブローワー)の問題では、告発者、当事者と関係者の関係性が多様であり、プラットフォームワーカーでは、労働者概念の問題のほか、社会保障法やカルテル法など他法との関連性が多様で、それぞれ立法技術上の工夫がさらに求められるとの指摘があった。
 いずれも、EUからの揺さぶりを受けての法的問題である。国内の経済状況が比較的不安定なドイツで、集団的労働法がそろそろ根源的な問題に直面しているようにも見受けられた。
 今回若手の判事や弁護士の参加が目立ち、デュヴァル会長は上機嫌。ホストの連邦使用者団体連盟は太っ腹で、ドリンク、軽食、高いガラス天井の中庭でのビュッフェ昼食と至れり尽くせり。奇しくも、当日は労災の日で、演習のサイレンが11時にけたたましく鳴り響いた。

 独日労働法協会招待の夕食会は、旧市内ニコライ地区の美味しいレストランだった。ベルリンの壁が落ちる前に東独の市民が集まったあのニコライ教会のすぐ近くだ。食後(!)ピルス弁護士の音頭取りで有志がカリーヴルストを食べに行ったのだが、果たしてお味はいかがだったのだろう?

 2日目は、私たち日本人のためにデュヴァル会長が企画してくださったVer.diの本部を訪問。労組再編で生まれたサービス業を束ねる労組連合である。
 前日参加できなかったベルリン都市州の事務次官が同席。歴代の事務次官より優に10歳は若い、まだ30代半ばくらいの女性官僚だが、理路整然と数え上げる社会福祉政策の中身の濃さも、為政者目線の話し方も、しっかり有能政治家である。おそらくSPDの若手ホープだろう。地方政治でこういう実力のある女性政治家が育ち、国政にのし上がっていくのが王道だ。元アイドルなどを引っ張り出している間は、真の女性政界進出は望めない。
 続くVer.diの法務部長は、労働組合が80年代の個人主義急進とともにその性格を変えていったという持論から歴史を展望。その中で2001年に生まれたVer.diの強みと問題点を指摘、最後は係争中の憲法裁判所案件での苦労話を実務面から語った。ミニジョブや女性就労より、できればもっと将来性のある問題により注力したいと述べたところで、「組合員の差別はいかん!」とデュヴァル会長やヴァンク教授からピシャリ。こんなオープンなやり取りは日本ではあまり聞けないかもしれない。

 ベルリンの壁沿いに建てられた本部建物の最上階からは、旧東西ベルリンの町並みが一望できる。三方を旧東ベルリンに囲まれていたKreuzbergは、かつては低所得層の住宅地だったが、アーチストが住み着きだして急に洗練され、人気のお洒落地区となった。

 10年ぶりに訪れたベルリンの街は、自らの役割を自覚し、かつてより落ち着きを見せていた。その一方で贅沢品のブティックからほど近い橋の下に古いマットレスを敷き詰め、ホームレスたちが寝床にしていたり、老女があちこちでゴミ箱をあさったりする様子を見るにつけ、貧富の格差が街角で露わになっていることに多少動揺を覚えた。

 それにつけても、ハーゼ事務局長の陰の立役者ぶりは目を見張るものがあった。短期間でこのセミナーを立ち上げただけでなく、手配もメール対応も完璧で、まったく脱帽する。テーマと日程がもう少し早く決まっていたら、もっと多くの日本人が参加していたであろう。優秀な通訳者もおり、議論は和独でできるので、今後もっとたくさんの方々に日本から参加していただけるとよいと思った。
 好天に恵まれ、旧交を温め、新しい出会いや議論を生んだベルリンでの独日労働法協会学会は、こうして成功裏に幕を閉じた。

(2023/9/28)