街から消えようとしている百貨店

和田 肇(名古屋大学名誉教授)

 ドイツの百貨店には個人的な思い出がある。
 私が初めてドイツでの生活を送ったのは、1986年夏にゲーテ・インスティテュートでドイツ語を学んだミュンヘンであったが、中央駅前にあった百貨店(Karstadtだったと思う)で買い物をした。百貨店の一階はどこも女性客対象のフロアであるが、ドイツの百貨店の匂い(ケルンの水)はかなり強烈で、それがヨーロッパの匂いだと新鮮に感じた。そのためかその後のドイツ生活ではどの街でも百貨店に行くのが楽しみになった。どの街にも中心部には百貨店があった。

 1993年から2度目のドイツ滞在をしたが、そのときの研究テーマは労働時間で、その一環として閉店法(Ladenschlußgesetz)について調べた。ドイツはヨーロッパの中でも営業時間規制が最も厳しかった(今でも)が、木曜日夜に「サービスの夕べ」が始まり、さらに営業時間規制の弾力化が話題になっていた頃であり、そんな実態を知るのに百貨店は格好の素材であった*1。

 2024年の正月明けから、ドイツのテレビニュース(ZDFのheute)で話題となったのが、百貨店(Galeria Karstadt Kaufhof:GKK)の破産申請と多くの都市での閉店計画であった。
 この百貨店は、1990年以降、複雑な合併経緯をたどっている。1994年にKaufhof がHortenを、Karstadt がHertieを吸収合併し、1999年にはKarstadtはQuelle-Schickedanzと合併しKarstadtQuelleとなった。
 2007年にKarstadtQuelleはArcandoの子会社となり、当時の店舗数は218,従業員数が4万人強弱であった。その後いくつかの合併を経て、2018年にオーストリアの不動産会社Signaホールディングの下、現在のGKKとなるが(店舗数173)、2020年4月に同社はコロナ禍による大幅赤字を出し、GKKとして1回目の破産宣告を受ける。破産官庁は2020年末までに129点店舗中41店舗の閉鎖を命じる(その結果、約4,000人の従業員ポストが喪失)。
 その後も大きな赤字に陥り、大量の国の経済安定基金が投入されるが、2022年末に2回目の破産宣告を受ける。そして2024年1月9日にGKKは3回目の破産申請をエッセン地方裁判所に行う*2。破産の背景には、親会社である不動産会社Sigmaの放漫経営による破綻があるようである。
 今回の破産手続きは、それまでの破産官庁の下での再建手続きではなく、通常の破産手続きとして進められている。2024年1月9日段階で92店舗、従業員数約12,550人である。

 小売業を組織するサービス産業労働組合ver.diは、この措置に対して意欲ある新たな経営者の登場を期待する旨を発表する*3。これまでにもver.diは、同百貨店の営業継続、雇用維持のための団体交渉、警告ストの実施等を繰り返してきた。
 4月9日にアメリカ人とドイツ人の投資家が共同でGKKの事業を引き継ぐことを明らかにしている。それによりGKK自身は存続するが、リストラクチャリングは避けられず、一定の人員削減も不可避となるようである。従業員代表委員会との折衝が今後行われることになる。

 百貨店業界はこの数十年間に大規模な構造転換により多くの労働者を失うことになるが(背景は日本と類似)、職を失った労働者はどのようになったのか。店舗の中には新たな経営者に事業譲渡されたり、近隣の他店舗に配転されたりして、雇用が維持された事例もある。また従業員はこの間大幅な賃金放棄もしてきた*4。
 失業した労働者については、失業給付Ⅰ、失業給付Ⅱ、倒産手当(未払い賃金の補填)、アクティベーション・再就職支援(Aktivierung und berufliche Eingliederung)助成金などが支給される。その他、産業構造の変化に対応するためにドイツでも重要な措置として、比較的長期に及ぶ継続職業訓練(Weiterbildung)がある。

 ドイツ経済は低成長を続けているが、今後の推移やそれが雇用に与える影響、百貨店でのこれからの構造変化と雇用調整については、藤内和公『ドイツの雇用調整』(法律文化社、2013年)という優れた研究も参考にしながら注視していきたい。
 なお、ドイツの地方都市では、日本のようなシャッター街化する現象はほとんど見られない。雇用問題とは関係が無いが、その点についてもいつか研究してみたいと思う。    (2024/04/10)

〔注〕
*1  和田肇『ドイツの労働時間と法』(日本評論社、1998年)を参照。
*2 WDR Tagesschau, Galeria Karstadt Kaufhof erneut vor Pleite, :09.01.2024, Handelsblatt, Aufstieg und tiefer Fall eines Warenhausriesen, 10.01.2024.
*3 ver.di wird für die Zukunft der rund 12.000 verbliebenen Beschäftigten bei Galeria Karstadt Kaufhof kämpfen, 09.01.2024.
*4 GKKの百貨店の中でも黒字の店が多くあり、また外資系の百貨店には高級志向で成功しているとこともあり、GKKの閉鎖店はこれらに承継されるのではないかと推測されていた(zdf、Das bedeutet die Insolvenz der Kaufhaus-Kette, 09.01.2024)。