最近のドイツ労働法関連の著書4冊 (後半)
緒方 桂子(南山大学教授)
前半に引き続き、もう2冊、最近の書籍を紹介しよう。
3冊目は、金沢大学准教授・早津裕貴氏による『公務員の法的地位に関する日独比較法研究』(日本評論社、2022年)である。
同書は、大きく2編から成り、第1編がドイツ法、第2編がドイツ法を踏まえた日本法の検討となっている。
ドイツの公務員制度は、公法上の勤務関係にある官吏と、私法上の契約関係にある公務被用者が併存する「複線型」である。同書は、この両者について、それぞれその権利義務や雇用保障、労働条件決定のあり方を検討し、現在のドイツ社会における公務員制度の全体像を明らかにしている。これは同書の特筆すべき第1の点である。労働法の観点からみたドイツの公務員制度の現状について、同書から知りうることは多い。
同書の特筆すべき第2の点として、日本の公務員法制に対する自身の問題意識をうまく整理し、ドイツの法解釈のなかに解決の手がかりを見つけるべく、意欲的に挑戦している点が挙げられる。
2つ例を挙げよう。
ひとつは、公務員に対する労働基本権制限の問題である。
ドイツでも官吏の場合には協約自治および争議権は否定されると理解されている。それは、かつては、官吏の勤務関係が法律によって規律されていることや忠誠義務の存在を一般的に指摘することで正当化されてきた。
しかし、最近の連邦憲法裁判所の判決では、官吏の団結の自由(基本法9条3項)に対する制限は、官吏に対する伝統的諸原則(基本法33条5項:成績原理、ラウフバーン原理、扶養原理、終身原理・主要職業性の原理)との実質的な利益衡量を要するとされ、結論としては官吏の争議行為禁止を合憲とするものの、利益衡量にあたっては、①法令の立案過程に対する関与権の保障、②給与立法に対する司法審査の実効化が重視されているという(連邦憲法裁判所2018年6月12日判決。同書124頁以下)。
①②のいずれも興味深いが、個人的には、日本法との関係で特に②の点に強い関心がある。とりわけ、連邦憲法裁判所2015年11月17日決定が官吏の給与水準に関する違憲判決のなかで提示した三段階審査とその基準(同書111頁以下)は、ややもすれば立法裁量を安易に認める傾向にある日本法への強力なアンチテーゼとなりうるように思う。
もうひとつは、非正規の形態で働く公務員に対する処遇の問題である。ドイツでは、公務被用者の約40%がパートタイム労働で、また、14.5%が有期契約で雇用されているという(同書40頁)。
ドイツの公務被用者は私法上の契約関係にあるので、パート有期法(TzBfG)等の適用の下にあるが、一方で、公務・公共サービスに従事していることから生じる特殊性もあるはずで、それとの調和をどのように取っているのか、かねてから疑問であった。
とりわけ気になるのは、予算法との関係である。たとえば、予算は基本的に年度単位であるとか、予算に対する一般的な削減の要請といった事情は、日本においては非正規の公務員に対する雇用保障を後退させる実際上の理由となっている。
この点について、ドイツの連邦労働裁判所は、予算との関係が労働契約の期限の正当化理由になるか否かという問題に関して、一定の要件を提示し限定的に解釈する見解(連邦労働裁判所2006年10月18日判決。同書152頁)を示しているという。法律上、予算はたしかに労働契約の期限の正当化理由となりうる(パート有期法14条1項2文7号)。しかし、裁判所は、それが認められるためには、当該予算に関して設定された目的に照らし、有期雇用においてなされるべき性質の職務であるか等を審査すべきとする。
あたりまえのようでもありながら、なかなか日本の司法がたどり着かない発想である。
このように、ドイツで展開されている議論は、ひとつひとつが説得力のあるものであり、日本法の問題を考える際に非常に参考になる。
たしかに、日本の公務員制度は、アメリカのそれをモデルとしたものであるため、ドイツとは異なり、「一元的」に構成されている。しかしながら公務員の労働者(勤労者)としての側面に対する法的保護はどうあるべきかという問題に関し、仕組みの違いを超えて通用するものがあることを、同書は指し示しているように思う。
4冊目は、山本陽大編著・井川志郎・植村新・榊原嘉明『現代ドイツ労働法令集』(JILPT、2022年)である。
同書は、『JILPT資料シリーズNo.225 現代ドイツ労働法令集Ⅰ』(2020年)、『JILPT資料シリーズNo.238 現代ドイツ労働法令集II』(2021年)をベースに、この間の法改正を反映させ(2021年10月末時点まで)、またさらにいくつかの法令を追加して編纂されたものである。各法令には、翻訳担当者による短い解説も付されている。
以前、私も、橋本陽子会員、水島郁子会員、山川和義会員、細谷越史会員とともに、ドイツ労働契約法草案を訳出し、本協会の会誌として刊行していた『日独労働法協会会報』に公表したことがあるが(日独労働法協会会報第10号(2009年))、翻訳作業はとにかく面倒で多くの時間を要し、そのうえ、作り上げた翻訳が正確なものか、いつまでも不安が残った。
そういった経験からすると、今回、23本ものドイツの労働法令を訳出された4人の方々の作業には頭が下がるばかりである。同書はデスクの脇に常備する本のひとつとなるだろう。
以下に同書所収法令を挙げておこう。
民法典/営業法/証明書法/労働者発明法/解雇制限法/最低賃金法/賃金継続支払法/労働時間法/閉店法/一般平等取扱法/賃金透明化法/連邦年次休暇法/連邦両親手当及び両親時間法/介護時間法・家族介護時間法/労働保護法・労働安全法/母性保護法/労働協約法/事業所組織法/パートタイム・有期法/労働者派遣法/労働者送出法/家内労働法/労働裁判所法
よい書籍に対しては要望が高くなるもので、個人的には、ドイツ基本法のうち労働法に関連する条文もついているとなおよかったなどとも思う。法政策、法学及び判例のいずれもが、ドイツ基本法との適合性を常に意識し展開するというドイツ労働法の特長に照らしたささやかな要望である。
なお、こちらの執筆秘話?については、榊原嘉明会員のエッセイですでに言及されたところである。そちらも併せてお読みいただければ幸いである。
(2022/05/07)