進化するドイツのLGBTQに関する法~自己決定法への歩み
高橋賢司(立正大学教授)
プライドと呼ばれるパレードが毎年6月後半大都市で行われる。LGBTQを中心とした人たちのパレードである。私が住んでいたミュンヘンでも行われた。
老若男女を問わず、山車のうえで大音響で踊っていた。この日、男性用トイレの列に女性らが並び、トイレのジェンダーフリーを訴えているかのようだった。地元の金融機関等企業もこのパレードを支援していた。
しかし、ゆゆしき事件もある。欧州司法裁判所の判例では、イタリアの弁護士が、性同一性障害者は雇用しないとラジオで発言し、これが許されない旨説示された(EuGH, Urt. v. 12.12.2013 – C-267/12 -NZA 2014, 153)。また、ドイツでも、同性愛者や性同一性障害者の雇用差別の事件は存在する(近日、これらは論文として発表する)。
もともと、歴史的には、ナチス期に、ユダヤ人、障害者と並んで、同性愛者らが、差別や虐殺の対象とされてきたといわれる。1969年に刑法上の男性同性愛の全面禁止が廃止されるまで、同性パートナーシップは違法であり、ドイツ刑法の175条f.で刑事罰の対象とされた。しかし人々の意識の変化を受け、この刑法の規定は廃止された。また、贖罪の意識と猛省から、同性愛者への差別は許されないという意識が社会に広がり、根付いていったといわれる。
近時、性同一性障害に関して、日本で戸籍上の名前と性別の変更が問題になったように、ドイツでも登記所の身分登録法上、戸籍上の名前と性別の変更が問題になっていた。
ドイツでは、 1981年より、姓の変更および性別の決定に関する法律(通称:トランス・セクシュアル法)があり、これらの変更を可能にしてきた。しかしながら、日本と同様に、非婚姻要件や手術要件が存在したため、婚姻していたり、性転換手術を受けていなかったりすると、登記所での登録(日本の戸籍にあたる)上の名前と性別の変更ができなかった。
しかし、非婚要件については、2009年の改正法により削除された。また、手術要件について、連邦憲法裁判所は、2011年1月11日の決定において、身分登録法における認識される性別の承認は「身体的完全性の重大な侵襲を引き起こし、健康上のリスクと結びついている前提条件に依存させられてはならない」と判断し、同要件を違憲であると判断した(BVerfG Beschluss v.11.01.2011 – 1 BvR 3295/07)。
日本で同旨の最高裁判決が出されたのは、それから10年以上経った最近のことである。
しかし、ドイツ法の進化はこれにとどまらない。
まず、2017年、民法が改正され、同性婚が可能となった。
また、2024年、自己決定法が連邦議会で可決された。これによれば、性別の変更は、もっぱら本人の申告のみに基づいて変更できることとなった。
従来と異なり、本人が希望すれば、本人の申告する性別に登記所において変更できることとなった。性同一性障害者、インターセックス等の人々は、裁判手続や医師の診断書を必要とすることなく、登記所での簡単な申告により、性別と名を変更できることとなった。もっとも、慎重を期すため、3か月前に登記所において事前に登録することが必要とされる。
法律は二段階で施行され、まず、2024年8月1日からこの法律が施行され、性別登録と名の変更申告書を提出できるようになる。次いで、2024年11月1日、ついに1980年のトランス・セクシュアル法が自己決定法に取って代わることになる。これは、革新的な法律ではないかと思われる。
労働法上も、現在では、こうした潮流を受けて、採用段階で、性別欄に男女のみを申告させるのは違法とされ、男性、女性、ディバース(多様な性)と記載する等の対応が厳格に求められている。
日本でも、労働法上の採用段階での性別の扱いでは、同様の扱いが求められるようになると思われる。
(2024/07/12)
(写真:プライドのパレードをみた日、筆者の娘(当時13歳、中学生)が家で作ったおもち)