ドイツにおける労働法研究者の養成のことなど
和田 肇(名古屋大学名誉教授)
ドイツに「労働法教育者協会」(Vereinigung der Arbeitsrechtslehrer)という団体がある。2006年に結成されたもので、「研究者間の交流、後継者養成、研究と教育における労働法の利益代表」を目的としている。2022年10月段階の会員数は117名で、そのほとんどが総合大学(Universität)の現役教授(全法学部教授の約1割)と名誉教授であり、准教授(Juniorprofessor/-in)や講師(Dozent)も数名含まれている。この協会を中心に、ドイツにおける労働法研究者の養成についてみてみたい。
同じ教授資格論文(Habilitation)を執筆した教授でも、裁判所や研究所あるいは専門大学(Fachhochshule)勤務者はほとんどこのリストに含まれていない。たとえば私がレーゲンスブルク大学で在外研究中の同僚で、当時は教授資格取得志願者(Habilitand)であり、その後、教授資格論文を完成させ、現在はある専門大学(Hochschule)の教授をしているA氏は加盟していない。
このことは法曹や研究者の養成という問題と関係していると思われる。ドイツでは、法曹養成は日本の医学部と同様にもっぱら法学部(40州立大学と2私立大学)で行われる。州ごとの第1次司法試験と第2次司法試験の後か、その間に博士論文を執筆し、多くの場合、その後に教授資格論文を完成させないと、大学での教授職は得られない(*注1)。また、博士号を付与できるのは、芸術系の単科専門大学を除くと、総合大学に限られており、したがって後継者養成に携わることができるのは総合大学教授のみである。
大学教授には、W3ランクの教授なら秘書1人、一定数の研究助手、多くの学生補助者、一定の研究費が保障されるが、それを超える研究助手、研究費については大学・州文部省との交渉で決まり、これが大学間移動・招聘の取引材料となる。研究助手は3人前後(多いと5人くらい)であり、そのうち半分が労働法を専門にしていると考えると、大学だけでも相当数の若手労働法研究者(あるいはその予備軍)がいることになる。研究職従事者以外に、多くの博士号取得志願者(Doktrand/-in)が教授の下で博士論文を執筆している。
これに加えて約930名(全裁判官は約21,300名)の労働裁判官の多く(*注2)、そして博士号を持っている弁護士(とりわけ労働法専門弁護士(*注3))なども論文や著書を執筆していることを考えると、広い意味での労働法研究者は日本の倍以上いるという印象である。研究者層の裾野はかなり広いという印象である。
女性教授の割合は、先の協会メンバーの約2割に過ぎない。1990年代には労働法の女性教授はほんの数名であったから、それと比べると増えてはいるが、日本と比べてもその少なさが際立っている。ただし、その供給源である研究助手(Wissenschaftlicher/ -in, Mitarbeiter/-in, Wissenschaftliche/-r, Hilfskraft/-eなど)について見ると、多くのInstitutで約半数が女性であるから、何年か過ぎるともっと割合は高くなると予想される。現在でも40代の優秀な女性教授・研究者がたくさんいる。
2000年代初めに、ドイツでも研究者養成や法学(法曹)教育の在り方が議論の的になった。教授資格取得に時間と費用が掛かりすぎることへの反省、女性研究者数の少なさ、アメリカ型の法曹実務や外国法の重視等々である。先の協会の目的にある、研究や教育における労働法の利益代表とは、司法試験の必修科目から労働法が外されたことに起因するのであろう。女性研究者の雇用促進については、多くの大学で研究助手などの採用について女性の採用を促進することを謳っている。
後継者の養成についても、理系学部を中心に多くの大学で、アメリカ式の准教授制度を導入するようになっている。管見の限りであるが、法学部ではケルン大学、ハンブルク大学、ギーセン大学、チュービンゲン大学、ボッフム大学、ローストック大学、ポツダム大学、デュッセルドルフ大学等で導入されている。これらの大学では女性の多くが准教授として採用され、教授資格論文を執筆している。
ドイツの研究者養成の一端を紹介した。なお、ドイツの教授らが何故あれほどの量の論文やコンメンタールを書けるのか、研究書の現在と過去の違いは何か、判決文における文献の引用の仕方といったテーマについてもいつか書いてみたい。
(2023/02/28)
<脚注>
*注1 連邦高等教育機関法44条、バーデン=ヴュルテンベルク州高等教育機関法47条2項等を参照。なお、1960年代に創設された総合大学には、意識的に教授資格論文を求めないところも出ていた。その際には教授資格論文と同等の能力が必要とされる。
*注2 労働裁判官は、キャリアのすべてを労働裁判所(あるいは行政機関)で勤務し、かつ連邦労働裁判所の裁判官は専門部で勤務するので、コメンタールの執筆などもできる。たとえば労働法の代表的な体系書の著者であるギュンター・シャウプ(Günter Schaub)は労働裁判官として長年勤務し、連邦労働裁判所の長官を務め、その業績に対して名誉博士号を付与されている。
*注3 現在24法分野で専門弁護士資格が付与されているが、資格取得のためには理論的知識、裁判実務経験、大学等が実施する教育課程(セミナー等)への参加などの要件を満たしていなければならない(Fachanwaltsordnung)。労働法は当初からあった4分野の一つである。私も参加した大学のセミナーで、こうした目的で参加している弁護士に会った経験がある。