ドイツと日本のILO(国際労働機関)への貢献

田口 晶子(前ILO駐日代表)

 2023年4月25日、ILO駐日事務所創設100周年記念式典が東京で開催された。ジルベール・F・ウングボILO事務局長は「ILOと日本の関係は1919年のILO創設時にさかのぼるが、重要なのは、日本とILOの関係が当初から外交的、形式的な義務をはるかに超えた極めて活発なものだったことだ」と振り返り、「日本はILOで非常に精力的に活動している」と謝辞を述べ、出席者を感動させた。
 筆者は、2020年5月までILO駐日代表を務めたので、このコラムでは、ドイツと日本のILO(ドイツ語ではイーローという)への貢献度について比較してみたい。

1. はじめに-ILOについての基礎知識
 第1次世界大戦後の1919年に創設され、本部はスイス・ジュネーブ。国連機関の中では唯一政労使の三者構成主義。設立当初は国際労働基準の設定と適用が中心的な業務であったが、戦後は、国際連合の最初の専門機関となり、その活動範囲に開発協力も加わった。現在の加盟国は187か国。採択労働基準は、191条約、6議定書、208勧告。

2. ILOへの加盟期間-日本が若干長い!
 日本はILO創設メンバーであるが、第1次世界大戦敗戦国のドイツは1919年の第1回ILO総会で加盟を認められた。ただし、日本の労働者代表[注1]の選定については、第1回総会以来、選出方法について友愛会から抗議が表明されていた。
 日独両国とも1935年に国際連盟を脱退(通告は1933年)したが、ドイツは同時にILOも脱退したのに対し、日本はしばらくILOに留まり、脱退は1940年(通告は1938年)で、その分加盟期間が長くなっている。ILO自体は、第2次世界大戦中は戦禍を避けて北米で業務を行い、大戦終結前の1944年に有名なフィラデルフィア宣言[注2]を採択している。ドイツ連邦共和国、日本とも、1951年の6月のILO総会で再加盟が認められ(日本の再加盟は国会承認を経て同年11月発効)、その後はずっとメンバーである。

3. ILOの執行機関への貢献-日本は政労使とも理事会メンバー
 ILOの執行機関である理事会は、政府28名、労使各14名の正理事[注3]で構成される。政府理事は、ドイツ、日本を含む10主要産業国が常任理事国で、その他は総会によって選出される(任期3年)。個人の資格において選出される労使理事は地域的な配分があり、日本からは継続的に選出されており、現在(2021年~2024年)も、使用者側は長澤恵美子氏、労働者側は郷野晶子氏が就任している。同期間、ドイツは、R. Hornung-Draus氏が使用者側理事を務めるが、Gerd Muhr氏やAnnelie Buntenbach氏らが務めた労働者側理事は不在である。

4. 条約の批准状況-圧倒的にドイツが多い!
 批准・適用を優先的に促進すべき条約は、中核的労働基準[注4]、ガバナンス条約[注5]も含めて約70条約とされている。それ以外は、撤回・廃止・棚上げまたは改正条約が採択され批准不能の基準と、未批准国は批准可能で、既批准国には引き続き適用状況の報告義務が課されているが、優先的に批准適用する対象とはされていない基準が存在する。
 ILO条約の批准数[注6] は、日本が50条約、ドイツが86条約と大きな差がある。EU加盟国には100条約以上批准している国もあるが、ドイツは批准国のトップグループ(in der Spitzengruppe der Ratifizierer[注7])の1つである。
 まず、中核的労働基準、ガバナンス条約については、ドイツは安全衛生分野の第155号条約のみ未批准であるのに対し、日本は2022年に第105号条約を第177か国目として批准したものの、第111号条約、第155条約、1930年の強制労働条約の2014年の議定書、第129号条約が未批准である。
 中核的労働基準、ガバナンス条約以外については、ドイツは最新の第190号条約(暴力とハラスメント)を2023年6月に批准している。日本は2013年に海上労働条約を批准したのが最後である[注8] 。
 なお、ILOでは、条約・勧告の適用状況について審査を行い、批准を促進するため種々の仕組みを設けている。批准された条約に関する年次報告、条約・勧告の適用に関して政府から提出される一切の報告を審査する「条約・勧告の適用に関する専門家委員会[注9]」委員には、日本からは吾郷眞一氏、ドイツからはBernd WAAS氏が選任されている。

5. 資金協力に対する貢献-比較困難?
 ILOなど多くの国連の専門機関の予算は、通常予算に使用される加盟国分担金(assessed contribution)及び開発協力事業に使用される任意拠出金(voluntary contribution)から構成されている。
 分担金率はGDPに比例し、2023年はアメリカ(22%)、中国(15.261%)に次いで、日本は第3位(8.037%)、ドイツは第4位(6.114%)となっている。
 ILOの開発協力事業は、国際労働基準に基づき、政府だけでなく、労使代表も参加する。ILOではディーセント・ワークとSDGs全体の達成を後押しするために、5つの旗艦プログラム(主要計画)[注10]を定めている。
 任意拠出金については、どのような目的に拠出されたかが重要なので、日独両国の特徴を説明することとする。
 日本の任意拠出は、1974年の「アジア地域婦人労働行政セミナー」を皮切りに、アジア・太平洋地域の労働分野(雇用・労使・安全衛生・女性と子ども・人材育成等)における諸問題の解決のための「ILO /日本マルチ・バイプログラム」に継続して使用されている。また、2017年からアフリカ諸国の緊急支援のためのプロジェクトに拠出しており、さらに2022年からは、ビジネス活動におけるディーセント・ワークの促進を通じたアジアにおける責任あるバリューチェーン構築プロジェクトも実施されている。<写真:ILO提供 アフリカ ガンビア国バンジュールにおける道路復旧作業の様子>

 ドイツの任意拠出で特筆すべきは、長らくILOの中の最大の開発協力プログラムであった児童労働撤廃プログラム(IPEC)を設立し、当初は唯一の拠出国であったことである。
 このほか、優先度の高いプログラムやプロジェクトに資金提供してきたが、その中でも、シリア、ヨルダン、レバノン、トルコの難民と地元住民のための労働市場開発プロジェクトに拠出し、中央および東ヨーロッパの諸国の市場化促進支援のためにILOに特別基金を設置した最初の国でもあった。また、安全衛生に関するビジョンゼロ基金の創設国でもある。

6. おわりに
 日本とドイツのILOへの貢献度について、加盟期間、執行機関への関与、条約の批准状況、資金協力について紹介してきた。
 この中で、特に条約の批准については大きな差がみられる。批准国のすべてが、条約を遵守しているとは限らないが、他の国連条約も含め、G7の中で、アメリカ合衆国と並んで日本の批准数が少ないことは、認識しておく必要があると思われる。
 最後に、ILOに勤務する職員について触れておきたい。
 国連機関では、加盟国ごとに通常予算で雇用されている専門職・幹部職員数と分担金率との比率を算出し、加盟国平均よりも職員が少ない国からの応募者を優先するというルールがあるが、日本人職員は今のところ大幅に少ない。ILOは基準設定機関で、労働法令専門家のポストも本部及びフィールド(約40ある地域・国別事務所)に用意されている。
 残念ながら、ドイツ語は国連言語ではないが、会員の皆様の中で、将来ILOで働くことに関心を持ってくださる方が現れることを期待する。

(2023/08/13)

脚注+
[注1] 飯塚恭子著「凛として 亡命したILO労働代表 松本圭一の生涯」(私家版/201811月/B5170頁)
[注2] https://www.ilo.org/tokyo/about-ilo/organization/WCMS_236600/lang–ja/index.htm
[注3] 副理事は政府28名、労使各19名。
[注4]「労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言(1998年)」に掲げられた、「結社の自由及び団体交渉権の効果的な承認」、「強制労働の廃止」、「児童労働の撤廃」、「雇用及び職業における差別の排除」、2022年6月追加の「安全で健康的な労働環境」の5分野10条約1議定書。未批准国も誠意を持って尊重、促進、実現する義務が課せられている。このうち最悪の形態の児童労働条約(第182号、1999年)については皆批准を達成。
[注5] 国際労働基準全体のシステムがうまく機能するために重要な条約、労働監督及び労働監督(農業)、三者の間の協議(国際労働基準)、雇用政策の4条約。
[注6] 撤回・廃止・棚上げされたものも含む。
[注7] ILOベルリン事務所。
[注8] 日本は、「条約の批准に関連して立法を要する場合には、批准前に立法の措置を講じ、これにつき国会の議決を求める」(昭和28年12月8日閣議決定)としているため、批准決定に時間がかかると言われている。
[注9] この委員会及び政労使三者で構成する「基準の適用に関する総会委員会」で審議される。
[注10] ベターワーク(より良い仕事)計画、社会的保護の土台計画(SPF)、児童労働・強制労働撤廃国際計画(IPEC+)、平和と強靭性のための雇用促進計画(JPR)、労働安全衛生・グローバル予防行動計画(OSH-GAP)。