第27回 2024年独日労働法協会学会@ミュンヘン大学
吉田万里子(京都大学)
前日からのドイツ鉄道、ルフトハンザ及び空港職員のストライキで発表者のミュンヘン到着が危ぶまれたものの、ミュンヘン大学(LMU)のFranzen教授が長年熱望してこられたミュンヘンでの独日労働法協会(DJGA. 本協会のパートナー)の学会は、コロナを挟んでやっと実現し、Taylor & Wessingでの前夜祭レセプションで無事幕開けした。
テーマは、派遣労働、労働時間、差別待遇そして思想の自由と労働法である。参加者を見ると、法学者、連邦労働裁判所(以下BAG)判事、弁護士の他、(現地領事館の働きかけか?) ミュンヘンまたは日本に進出している日独各企業の人事担当者も多数来場していて、実務に近い、突っ込んだ議論が展開された。
第1テーマである派遣労働問題では、Franzen教授の発表を通じて、複雑な法構成に加えEUからの保護規定・解釈指定もあり、ドイツ国内で自由な教義展開や適用が阻まれている実情が浮き彫りとなった。
高橋教授が提示した図式は三者構成をわかりやすく示しており、議論でも度々利用された。民法学者にとり三者構成の債務契約は大変“そそられる”課題であるが、ここまで被用者保護が煩雑化すると、もはや法運用が困難というのが独実務家の本音のようだ。
そのような状況下で、筆者が「派遣労働の存在意義は何か」と発言したら、ドイツで当初は難民の就職を容易にするために導入されたのだが、今は・・・と、会場に複雑な表情が走った。少子化による労働力不足が悪化する日本でも、中間搾取である労働仲介の業を原則禁じた労働基準法第6条の意義を再確認し、非正規雇用の削減を目指すべきではないか?
第2テーマの労働時間では、独使用者団体からWutte氏がEU労働時間指令を要約し、BAGのRolof判事は労働時間把握から発生しうる法的問題の数々を披露、最後に労働時間把握に係る損害賠償請求権を論じたが、これは先輩判事等からかなり手ひどい批判を浴びた(噂に聞く“若手叩き“、幸い日本人報告者はこの対象にない)。
筆者は、労働時間の例外規定を事業所内で定める労使協定と労使委員会の制度設計と立法手法について、「法規範定立権限の委譲」という公法上の視点から論じた。集団的労働関係が私法原則で成り立っているドイツでは、労使協定に私法効がないことや日本の法規範原則と事業所への安易な権限委譲などすぐには呑み込めないようであった。台湾から留学中の博士課程学生からは、自国ならすぐに憲法違反が問題となるであろうが、日本ではないのか、という至極真当な質問が出た。
第3テーマである均等待遇では、まず連邦労働裁判所元判事Winter博士が発表されたが、彼女は、現役時から適正報酬計算の専門家として名高い判事である。性に依存しない賃金決定について、EU指令主導の透明化促進法との関連性について事例を挙げて示した。
一方、橋本教授は、男女差だけでなく、障碍者など種々の差別待遇について日本の主要判例を紹介した。奇しくも当日は国際女性デーだったが、某党県連盟の稀有な「多様性」イベントのニュースでかき消された日本で、いつになったらGender Pay Gapの問題が建設的に議論できるのだろうか?
最後に第4テーマである「思想の自由と労働法」では、BAGのKoch判事が企業内での思想(&その表現)の自由について、これまでの判例をもとに法定義から解釈までを示した。
そもそも日本ではこのような主題で発表することすら想起されないであろう。2、3のテーマとも関連するが、労働法でも、憲法上の人権や法の支配に係る問題点と正面から取り組む機会がもっとあってもよいのではないかと思う。
例年より3週間は早く桜や連翹が咲き乱れ、復活祭前のウサギや卵のデコレーションで華やぐミュンヘン。大学近くのレストランでの打ち上げも、おいしいビールとお料理に彩られ、熱い論議は時節にしては暖かい夜に遅くまで続いた。
p.s.
ミュンヘン副総領事の挨拶で、直近のイベント関連で「人的資本への投資」を関心事項として上げていた。経済学的には普通の表現だが、労使両方が揃う場では、労働者をモノ扱いする表現はあまり外交的ではないと感じた。
[2024/3/14]