実況中継:「国際シンポジウム ポスト・コロナ時代の労働法」&和田肇先生古稀記念パーティ
丸山亜子(大阪経済大学)
コートのファスナーを首元まで上げ、駅からしばらく歩く。すると、とてつもなく急勾配の坂道が現れた。ぜいぜいと息を切らしながらなんとか坂を登り切ったところに、南山大学の正門がある。すぐに、会場のフラッテンホールが見えた。
本格的な造りの立派なホールに息を呑む。2024年1月27日、今日はこれから国際シンポジウム「ポスト・コロナ時代の労働法―日・独・韓の比較からみえてくるもの」が開催される。12時の開場時刻が迫ってくると、入場者が増え、あちこちで歓談が始まる。まもなく始まるシンポジウムへの期待がふくらんでいく。
また、本日のシンポジウムには、和田肇先生(名古屋大学名誉教授/前日独労働法協会会長)の古稀をお祝いするというもう一つの重要な目的がある。和田先生は前から二列目に陣取られ、いつものようにニコニコされている。
いよいよ開始時間となった。司会の緒方桂子先生(南山大学)により、共通の社会的課題を抱える韓国・ドイツ・日本が、コロナの時代を経て新しい世界への展望をどのように持てばよいかといった観点からシンポジウムを企画されたとのお話があった。その後、三つの講演が続く(講演内容については後日、季刊労働法284号(2024年春号)に掲載されるとのことなので、こちらではちらりとだけ触れる)。
まず、神吉知郁子先生(東京大学)が「ポスト・コロナ時代の労働時間法制」と題して講演された。あらゆる人がケアの責任を負いながら働くということを前提にして労働時間法制の改革を考えるべきであるという主張には、首がもげるほどうなずき続けた。
廬尚憲先生(ソウル市立大学)による「ポストコロナ時代―転換期における労働と労働法」のご講演が続けて行われた。テレワークやプラットフォーム労働といった新たな働き方に対応するために、勤労基準法の改正、「働く人のための基本法」や在宅勤務法の制定などが次々と準備されている。司会の緒方先生も指摘されていたとおり、韓国における立法のスピードがたいへん速いのには驚かされる。
フロアからの質問も矢継ぎ早に出される。もちろん、和田先生もいつものとおりすかさず議論に加わられる。
ここで20分間の休憩となる。ポット2つになみなみと入った熱い珈琲と、韓国のクッキーをはじめとしたたくさんのお菓子が準備されている。行き届いた心配りは、緒方先生によるものであった。キットカットの甘さと珈琲の熱さが胃にしみわたる。緒方ゼミの学生さんたちが運営を手伝っておられ、彼女たちのきびきびと素晴らしい働きぶりに舌を巻く。
休憩のあとは、ヴァルターマン(Waltermann, Raimund)先生 (ボン大学)が「ポストコロナ時代のドイツ労働法」と題して講演をされた。まず日本語で挨拶をされた後、いったん壇上を離れられたと思ったらご自身の鞄を持ってこられ、演台に鞄を置くことで原稿の高さを調整された。その仕草から気取らないお人柄が垣間見え、和やかな雰囲気の中、お話が始まる。労働法・社会保障法がコロナ禍でいかに重要な役割を果たしたかがまず確認された。そして、高齢化やデジタル化が進む中で、これらの法律による保護を時代に合ったものにする必要を指摘される。労働法は物質的なものだけでなく、アイデンティティに関わるものであり、ポストコロナ時代にふさわしいものでなくてはならないという力強い言葉のあと、「ありがとうございました」という日本語で締められた。
もちろん、和田先生がすぐに手を挙げて質問された。ヴァルターマン先生はそれに対して丁寧に回答された後、「短い質問なのに長い回答となったのは、的を射たよい質問をいただいたからですよ」とにこやかに付け加えられた。
通訳者の蔵原順子さんがドイツ語←→日本語の双方のやりとりをてきぱきと的確に通訳いただいたおかげで、会場とのやりとりも極めてスムーズに進んでいた。
二度目の休憩の後、シンポジウムが始まる。矢野昌浩先生(名古屋大学)、武井寛先生(龍谷大学)による司会の下、神吉先生の提起されたケアの視点をめぐる質疑応答が続く。そのなかで、労働者の個別化による労働組合の加入率低下など、ドイツ・韓国・日本とで共通する課題があることがわかる。
また、韓国と日本では、家事や子育てを誰が分担し、誰が家計を担うか、女性がどのように働くかといったことについて、同じような文化的背景を抱えている。ドイツではそうした文化的な要素による影響は弱く、法律の改善はかなり進んでいるものの、完全な男女平等の達成には、社会がもう一歩追いついていないとの、ヴァルターマン先生によるコメントもあった。
その他、指揮命令のあり方などをめぐっても活発な質疑応答が行われた。なかでも、神吉先生による、「ケアについては他者に対してだけでなく自己のケアも含まれているはずである」という指摘が印象的であった。特定の人だけがケアを提供するというのではない、あなたケアする人・私ケアされる人というように固定化して考えるのではなく、人であれば誰でもケアをする存在なのだという神吉先生のメッセージが、シンポジウムを通じていっそうよく伝わって来た。
最後に司会の矢野先生が、ケアのあり方がパンデミックにより明らかになったこと、労働法や社会保障法の果たす役割の重要性もわかったというのが今日受け取ったメッセージであったと述べられ、会場は暖かい拍手でいっぱいになった。
シンポジウムに続き、和田肇先生古稀記念論文集『労働法の正義を求めて』(2023年、日本評論社)の献呈式も行われた。矢野先生から記念論文集を、山川和義先生(広島大学)から花束を贈呈される。
記念論文集に40本もの寄稿があったことに対する感謝の言葉が和田先生から述べられ、掲載された論文に楽しく目を通されているとも言われていた。これまでの国際共同研究の歩みや日独労働法協会の活動についても述べられた。記念論文集の表紙にはLegal Justiceの頭文字であるLJの文字があり、和田先生の研究テーマ、労働法における正義から来ているのだということも紹介された。
これにて5時間にわたるシンポジウムは終了した。おおよそ36人にのぼる参加者の大半は、懇親会会場である「ガス燈」に移動する。
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豊川義明先生(弁護士・大阪)による乾杯の挨拶の後、和洋とりまぜた豪華な料理が次々と運ばれる(肉料理がとりわけおいしい!)。その合間を縫って、和田先生のもとでかつて留学生として学んだ方々からのスピーチが続く。和田先生の厳しくも温かい指導が今もみなさんの心に息づいていることが、スピーチから伝わってくる。
日独労働法協会の会員でもある荒木尚志先生(東京大学)も祝辞を述べられる。和田先生古稀記念論文集に和田先生が執筆された「ソフトローによる労働法規範の柔軟化・再考」で荒木先生の学説が批判されていることをめぐり、ユーモアあふれるスピーチが展開され、会場は笑いで包まれる。
ヴァルターマン先生は、日独労働法協会の歴史およびそこで和田先生が果たされた大きな貢献についてスピーチで触れられた。緒方先生による通訳のおかげで、ヴァルターマン先生のウィットに富んだお話しぶりがよく伝わり、一同の熱気とテンションは最高潮に達する。
最後に、和田先生が登場され、日独労働法協会の歩みや、これまでの多方面での功績について振り返られるとともに、参加者への感謝の言葉が述べられた。これで宴会はお開きとなったが、和田先生に挨拶される方の列は途切れることがなかった。楽しい場を立ち去る名残惜しさと和田先生への敬愛の念で心をいっぱいにしながら、名古屋の夜は更けていくのであった。
(2024/02/26)