ドイツにおけるストライキの新動向-Heiner Dribbusch „STREIK”によせて
岩佐卓也(専修大学経済学部)
ドイツにおけるストライキ研究の第一人者であるハイナー・ドリビュッシュ氏による大著『ストライキ -2000年以降の労働争議とストライキ参加者 データ、事例、分析』(VSA社)が刊行された。本書の刊行はかなり以前から予告されており、出版予定日が何度も延長されてきたが、待ちに待ったようやくの刊行である。奇しくもそれは2023年という、世界各国でストライキが注目された年であった。
本書は現代ドイツのストライキに関する百科事典である。類書は存在しない。大きく四部構成に分かれ、①「労働組合、ストライキ権および労働争議文化」ではストライキ当事者、協約システムとその変容、労働争議法、ストライキ実施の労組内規則、争議における「力関係」をめぐる理論の紹介、②「ストライキ動向の概観」では労働争議の政府公式統計と著者独自の検討に基づく統計を用いたマクロ分析、③「サービス業における労働争議」では公共サービス、病院、社会・教育サービス、小売業、航空、鉄道等におけるVerdi管轄の事例および非DGB系の職種別労働組合の事例の分析、④「製造業Industrieにおける労働争議」ではIGメタル(金属・電機)、IG BAU(建設、ビル清掃)、NGG(食肉製造など)の事例の分析(IG BCEでのストライキはきわめて稀)、④「変化の諸側面」ではストライキの女性化、「職業別化」、戦術の多様化などの最近の諸傾向の分析がそれぞれ行われている。
非常に網羅的なこの著作を全体にわたって紹介し、論評を加えることは評者の手に余る。ここでは、本書が取り上げている多様な論点のうち四点について簡単に紹介することとしたい([ ]は本書のページ数である。なお出版社のサイトから目次をダウンロードできる)。
1 ストライキ小国ドイツ
ドイツでは連邦雇用庁による労働争議(ロックアウトを含むが主にはストライキ)の公式統計があり、損失日数、参加人数、事業所数が把握されている。しかし10名以上の労働者の参加と、一日以上もしくは事業所当たりの損失日数が100日を超える場合のみ集計されるため、小規模のストライキや短期の警告ストライキは抜け落ちてしまう。この欠落を埋めるために、著者らにより、労働組合のデータやメディア記事を基に、2004年以降の労働争議動向について独自のWSI統計を作成している。参加者についてみると、実態は公式統計のおよそ2倍から10倍であることが明らかになっている[86]。本書では、このほか多数の統計を用いてドイツのストライキの量的な動向が分析されている。
欧米諸国を比較したとき、ドイツがストライキの少ない国であることはよく知られている。著者らのWSI統計を用いてもこのことは変わらず、従業員1000人当たりの年間平均損失日数(2006-2019年)は、フランス114日を筆頭に、デンマーク、カナダ、ベルギーが70~80日台であるのに対して、ドイツは19日である[95]。
この背景として著者は、1)事業所の構造や協約交渉についての企業の決定権が大きいこと、2)ストライキ権が制約されていること、3)ストライキ基金によって労働争議の範囲、期間、形態が大きく影響を受けること、4)従業員代表委員会制度によって交渉と協調に依拠した労使関係文化が促進されていること-を挙げている[65]。それゆえ著者はいう。「ストライキに際して繰り返し、ドイツも『フランスに学ぶべき』というスローガンが登場した。たしかにこれは1960年代にさかのぼる。しかしそうしたスローガンは通常効果はなかった」[65]。
2 サービス業におけるストライキの増大
しかし、こうしたドイツ的特徴は継続しつつも、今日、サービス業におけるストライキの増大という新しい傾向が生まれている。この問題が本書全体の軸となっている。
サービス業における争議件数は2006年から2012年にかけてはっきりと増大し、その後も相対的に高い水準を保っている[96]。全争議損失日数のおよそ77%がサービス業である(2004-2018年)[97]。ver.diのストライキは、他のDGB加盟労働組合と同様に、圧倒的に警告ストライキであるが、ver.diは4時間経過からストライキ手当を支給するため、警告ストライキから強要ストライキへの移行は流動的である。そして件数は稀であるとはいえ、強要・無期限ストライキに対してver.diは、IGメタルに比べて抑制的ではない、という。
その背景として筆者は、1)ver.diは比較的小規模部門で労働協約を締結しているためストライキ手当発生によるコストリスクが見えやすいこと、2)小売業などで使用者団体が強硬な協約政策を追求していること、3)さまざまな部門でverdiは2000年代半ばから人員増加など攻勢的な質的協約政策を追求していること、4)特に闘争が激しい部門である公共サービスではロックアウトがないこと-を挙げている[106]。
サービス業の具体的な部門としては、公共サービス、病院、小売業、航空、鉄道などがあるが、本書でおそらく最も随所で言及されているのが社会・教育サービスのストライキである。社会・教育サービスとは、Erzieher児童教育士、Kinderpfleger保育士、Sozialarbeiterケースワーカー、 Heilerziehungspfleger障害児者教育介護士などを含んでいる。社会・教育サービスは、従来公共サービスの一部として協約交渉に参加してきたが、2009年、2015年、2022年に女性労働の過少評価の是正した賃上げを要求して独自のストライキを行い、社会的注目を集めた。
3 ストライキの新しい様相
サービス業におけるストライキは、担い手、同盟関係、戦術等において従来の製造業の伝統的なものとは異なった様相を呈している。箇条書きにすると次のようなものである。
- ストライキの女性化:女性の参加者増大だけでなく女性の交渉担当者も
- 柔軟なストライキ戦術:スト破りに対抗する「出たり入ったり戦術」など[301]
- キャンペーンとの連携:シャリテ病院・ヴィヴァンテス病院では地元ベルリンの住民運動との協力、近距離交通での気候運動との協力が成功、しかし社会教育サービスでの従業員-親同盟は困難[307-308]
- 随伴するアクション:病院での人員不足を顕在化させるために看護士が規則を厳密に遵守した手消毒を実践する「手消毒の日」や、小売業店舗で市民の協力をえて営業を滞らせる「フラッシュモブ」など[302-303]
- ストライキへの「参加」:単なるストライキへの参加や組合員投票への参加にとどまらない、要求の具体化、ストライキの具体的計画と実行、協約交渉における従業員の積極的関与[319]。他方で、参加者と交渉担当者との緊張関係も[331]
4 ストライキの「職業別化」
2000年代以降、VC(パイロット)、MB(医師)、GDL(機関士)などの職種別労働組合が独自に協約交渉とそれに伴うストライキを行うようになっている。これは2001年に巨大組合であるver.diが結成されたことへの対抗であった。ver.diの方針に対して、VCの指導者は「鎖の最も弱い環に照準を当てた協約政策」と批判し、MBの指導者も「高賃金グループの犠牲によって低賃金グループが優遇されている」と批判している。かたやver.diはじめDGB加盟の産業別労働組合は、自分たちは「包摂的連帯」を実践しているのに対して、これらの職種別労働組合は他職種の従業員の犠牲によって自身の職種の利益のみを追求する「排他的連帯」だ、と批判している。
DGB加盟の産業別労働組合の「排他的連帯」批判に対して、著者は、従業員を分断し、互いに競争させる企業の戦略が包摂的連帯の構築を困難にしていること、横断的労働協約を解体してきたのは第一には企業側であり、職種別労働組合ではないことを指摘する。他方で「高賃金グループの犠牲で…」と主張する職種別労働組合の論理に対しては、著者は次のように述べる。「このような論拠付けが見落としていることは、過去協約システムを構築してきたのは、まさに鎖の弱い環と見られていた人びとであり、 低位報酬グループの人びとであった、ということである。MBもVCもそれに依拠している。必要なとき公共サービスでストライキをしてきたのは医師ではなく、ごみ収集従業員であった」[287]。
日本では意識されにくいが、またそのこと自体が大きな問題であるが、労働問題を根本的に論じるためにはストライキの問題を回避することはできない。本書が示すストライキの膨大な事例と論点は、そのことを私たちに改めて認識させてくれる。
[2024/01/06]