能力不足を理由とする解雇とアルゴリズム
緒方桂子(南山大学)
2023年10月28日、29日の両日にわたって日本労働法学会が開催された。会場は博多にある西南学院大学である。私は、現在、労働法学会の事務局長をつとめていることもあって、いつもこの時期はバタバタとしている。ろくに勉強もできない。もっとも今年は、本会の会員でもある細谷越史香川大学教授が行う個別報告の司会を引き受け、そこで少しばかり勉強をする機会を得た。
学会の個別報告の司会というのは、報告者の大学院時代の指導担当教員が行うことが多いが、もちろん細谷教授と私はそういう関係ではない。西谷敏大阪市立大学名誉教授門下生のなかで「姉弟」の関係にある。私が姉弟子(ちなみに「次女」)で、彼が弟弟子(こちらは「次男」)だ。要は、「弟」に頼まれて、役不足だと思いつつ「姉」が仕方なく引き受けた、という次第である。
さて、細谷教授の個別報告は「ドイツにおける勤務成績不良・能力不足に関する解雇法理の紹介と検討」と題したもので、テーマに関するドイツの学説・判例を踏まえ、そこから得られた示唆をもとに日本の解雇法理の再構築を試みるというものであった。私にとって、その報告はとても興味深く刺激的であった。
私が理解した範囲で、少しその内容を紹介しよう。細谷教授は、勤務成績不良・能力不足を理由とする解雇の問題について、いかなる場合にそれは正当化されるのかという問いを立て、その問いに対する解答を見つけるために、「そもそも労働者は労働契約上どのような内容(質・量)の労働義務を負うのか?」という問題に取り組む。
同じ職場で働く労働者の間で、それぞれの能力やパフォーマンスに凸凹があるというのは経験からも明らかな事実である。よく仕事ができる人がいる一方で、同じ給料をもらいながら、その仕事ぶりに課題を抱える人がたしかにいる。どのくらい「仕事ができない」ならば、使用者は当該労働者を解雇することができるのか。あらためて問われると答えに窮する。日本の労働法学においてまだ解明されていない問題なのだ。細谷教授が提起した問題は日本の労働法学にとって非常に重要な課題であると思う。
細谷教授によれば、労働義務の給付水準をめぐって、ドイツの学説では、①労働者は自らの特性や能力に則して労務を提供すれば良いとする見解(個人基準説)と、②職場の同一賃金の労働者らの平均的な水準の労務を給付しなければならないとする見解(平均説)が対立しているという。そして、①の見解に立つならば、当該労働者の従来の平均的な給付水準を大きく下回る場合に能力不足を理由とする解雇が正当化され、他方、②の見解に立つならば、当該職場の同一賃金の労働者の平均的な労務給付の水準を著しく下回る場合に解雇が正当化されるという。
もっとも、①の場合であっても、長期にわたり当該事業所の平均的な労務給付水準を重大に下回る場合には、能力不足の間接的な証拠となるとされているという(それぞれの学説の根拠については、細谷教授のこれまでの研究成果*で確認することができる。)
では、連邦労働裁判所はこの問題についてどのように考えているのか。細谷教授によれば、連邦労働裁判所は、2003年12月11日の判決(AP Nr.48 zu §1 KSchG 1969 Verhaltungsbedingte Kündigung)において、提供すべき労務給付の水準は「量や質に関して(詳細に)規定されていない場合」、「労働者の個人的、主観的な給付能力にしたがい規定される」と述べ、個人基準説を採用した。しかし、その一方で、「労働者の労務給付が比較可能な同僚労働者の中間値を明白(3分の1以上)かつ長期にわたり下回る場合」には、当該労働者はその労務給付能力を十分に発揮していないと推認されるとする。
使用者がこの段階まで主張立証したならば、労働者はその推認を覆すために有効な反証を行わなければならない。それに失敗すれば当該労働者に対して行われた能力不足を理由とする解雇は正当なものとして扱われることになる。
解雇を可能にする能力不足の水準は、比較可能な労働者の労務給付の水準の33%以下であること…このように数字で示されると妙にリアルである。なぜ33%なのかは、あまり突き詰めても納得できるような答えは出てこないように思う。解雇を正当化するためには、「あいつはフツーのひとの半分も仕事ができない」というよりももうちょっと仕事ができないという状況であることが必要だということなのだろうと思う。
それよりも、報告を聴きながら私が興味を惹かれたのは、この33%をどのようにして測るのかということ、そして、その前提として求められる労務提供の水準ないし労務提供能力(以下、パフォーマンスと呼ぶ)とは、一体、何なのかということであった。
(*)
・細谷越史「ドイツにおける勤務成績不良・能力不足に関する解雇制限法理の紹介と検討(1)」香川法学第42巻第1号
・同 (2)香川法学第42巻第2号
・同 (3・完)香川法学第42巻第3・4号