ドイツ労働法令・裁判例翻訳余話 ―Covid-19危機下での、ある研究風景

榊原嘉明(名古屋経済大学准教授)

◆ ドイツ語の拙訳を2つ、たてつづけに近日、公刊させていただける機会を得た。1つは共訳の法令集の出版であり、もう1つは裁判例の単訳の紀要掲載である。

◆ まず、ドイツ労働法令の翻訳について。こちらは、2019年頭頃から、約3年間かけて進めてきたプロジェクト。最終年である今年は、労働政策研究・研修機構から「書籍」の形での出版を予定している。
 取りまとめ役は、労働政策研究・研修機構の山本陽大氏。参加者は、山口大学の井川志郎氏、関西大学の植村新氏、そして私である。企画が始まった当初は、研究会を、4人の中立地(?)である京都を中心に対面で行っていた。だが、日本でもCovid-19危機が徐々に広がっていった2020年度頭前後以降は、オンラインでの実施となった。

 およそ月1回のペースで、各々がこれまで専門としてこなかった分野の法令も翻訳する。よく考えれば、なかなかタフな企画ではあった。だが、取りまとめ役である山本氏のどこまでも行き届いた心遣いのおかげで、とてもフラットでストレスフリーな雰囲気の中、共同研究を進めることができた。翻訳で苦労しがちな医学用語や技術用語も、「私たちはオンラインの利点をただただ駆使しているに過ぎない!」などと自らに言い訳をしつつ(私だけ?)、ときには原語を画像検索にかけた画面を共有したりもしながら、一語一文を楽しく翻訳していった。
  合間等に行う雑談も、4人が同じようなライフステージにあるということもあり、Covid-19危機下での本当に良い息抜きになったように思う。お三方にはこの場を借りて厚く御礼申し上げたい。

 我々としては、新たに訳出した法令だけでなく、すでに「報告書」の形式にて発表されている法令についても、つぶさに翻訳を見直したつもりである(なので、できれば書籍の方を引用いただきたいというのが我々の願い……)。だが、それでも、不正確な訳語や理解、さらには収録法令や体裁の不備等がどうしても残ってしまっていることであろう。手にお取りいただいた方には大変申し訳ないが、ぜひご意見・ご批判を賜れれば、幸いである。

◆ つぎに、ドイツ労働裁判例の翻訳について。こちらは個人で、争議行為に関する裁判例を2つ翻訳した。困ったのは、「全文翻訳」という形式であるがゆえに、評釈や紹介におけるような「要約」は事実関係の部分を含め基本的に一切できない、ということ。そこで大変助けられたものの1つが、Covid-19危機が広まって比較的すぐの2020年5月頃から、毛塚勝利先生の声かけで始まった「ショート・ミーティング」であった。

 この会の参加者は、現在のところ、中央・明治・一橋出身の若手研究者6名ほどと毛塚先生。毎週決まった時間での開催。しかし、参加できる時間的・精神的余裕の範囲内でのみ参加する、という気軽なもの。発表のタイミングも任意で、中途のアイデアや研究のタネとなりそうなものを(そしてグチも?)、時間が許す限り、互いにアウトプットし合ってきた。

 今回の翻訳に関していえば、アメリカ法やフランス法を専門とする先生方からの「ここの日本語の意味がわからない」であるとか「もしかしたらこういった意味では?」であるとかのご指摘・ご質問が、結果的に、執筆段階でとても有意義に作用した。「日本語が間違っていれば、翻訳もだいたい間違っている」とは、毛塚先生が私の院生時代にドイツ語ゼミでよくおっしゃっていた言葉だが、いま改めて、その言葉をかみしめている。

 ドイツ労働裁判例の「全文翻訳」は、おそらく日本にはほとんどない。しかし、その中でも恥を惜しんでこれを試みた理由の1つは、ドイツの労働裁判例の雰囲気を、原語のままではなかなかアクセスしづらい方々にも知っていただく機会を作りたかったからである。たとえば、学説がつぶさに引用され、各段落に番号が初めから付されているだとか、理由づけ部分でも結論が先で理由づけが後だとか。そして、長さはイギリスよりかは短いかもしれないが、フランスよりはおそらく長く、でもだいたい日本とたぶん同じくらいだとか。
  そのような雰囲気を、他国法の比較をしている研究者や大学院生だけでなく、日独労働法協会の活動に少しでも興味を持っていただけている実務家や労使当事者の方々などに感じ取っていただければ、とてもうれしく思う。

◆ 末筆となったが、設立以降、本協会の活動にもご尽力されている毛塚勝利先生が、2022年2月26日、めでたく喜寿を迎えられた。そう私が口にしたそばから、毛塚先生の「年のことは言うなよ」の声が耳元で聞こえてきそうであるが(事実、上記「ショート・ミーティング」で一番元気なのは、どう考えても毛塚先生である)、この場をお借りして、日頃のご指導への感謝と毛塚先生の喜寿のお祝いを心から申し上げたい。

(2022/02/26記)