2024年VW雇用危機とIGメタル(3)
岩佐 卓也(専修大学)
3.妥結内容とその評価
しかし、クリスマスを直前に控えた12月16-20日の第5回交渉で70時間におよぶ交渉の結果、ついに合意が成立した。通常とは異なり、妥結後労使は共同ではなく別々に会見を行った。主な内容は次の通りである。
・雇用保障協約が再締結される。2030年末まで経営上の理由による解雇は行わない。
・3万5千人分の人員削減をsozialverträglichな(社会調和的、社会的に許容できる)方法によって行う。
・ドレスデン工場は2025年末、オスナブリュック工場は2027年9月に車両生産を終了する。
・賃上げを2030年まで凍結する。金属・電気部門横断的労働協約に連動した賃上げ分を基金に積み立てる。基金を用いて労働時間短縮にともなう賃下げを補填する。
・各種手当(5月の成果連動支払い、休暇手当、長期勤続報奨金等)を停止する。
・訓練生の受け入れを年1400人から600人に削減する。
妥結内容はIGメタルの「将来プラン」がベースであるが、しかし賃上げの放棄の期間は、2025年と2026年の2年間ではなく、2030年までになっている。これはIGメタルがいっそうの譲歩を強いられたことを意味している。
「社会調和的方法による人員削減」とは、解雇ではなく、従業員の自発的な意思に基づく人員削減で、具体的には「高齢者パートタイム」への転換と「補償金」と引き換えの退職である。しかしここで私たちが抱く疑問は、自発的な形とはいえこれらの方法には問題がないのか、ということである。日本で行われているように、配転などを用いて「自主的」に退職を選択するよう従業員に働きかけることはVWでは行われていないのだろうか。
この点についてクルル氏は次のようにいう。「実際、職場や部署、工場の強制的な転換によって、労働者への圧力は高まっています」。「たとえば労働者が100キロ離れた隣の工場に出勤するように指示されれば、この人は長い通勤のため職場を放棄せざるをえない、ということがありえます。工場の内部でも同様のことがありえます。たとえば、遂行できない、または遂行したくない稼業を割り当てられれば、この人が職場を放棄することがありえます」。2025年の1月から8月にかけて本社6工場の従業員は約4000人削減された。
車両生産の終了する2工場は別用途への転用が目指される。ドレスデン工場は小規模工場であるが車両生産終了後はイベント施設などの転用が想定され、VWは従業員に他工場への転勤を提案している。オスナブリュック工場は折からの大規模な軍拡に対応して、兵器生産企業ラインメタル社と提携して戦車生産に転用されると報道されている。なおオスナブリュック工場は雇用保障協約の対象ではない。
IGメタルは工場閉鎖と解雇の阻止という大きな目標を達成しつつも、しかし以上のような大きな譲歩をも強いられた。この関係を反映して妥結についてのマスコミの評価はさまざまである。リベラル系といわれる一般紙taz(2024.12.20)は、この合意が社会的パートナーシップを救ったと評価する。「従業員代表委員会とIGメタルはVWにおける社会的パートナーシップを救っただけでない。彼らは、トランスフォーメーションが企業幹部が志向するよりも社会調和的な方法でなし遂げられることを示した。しかし、IGメタルと労働組合は、それがまずは勝ち取られなければならないことも示した」。同じくリベラル系といわれる一般紙Die Zeit(2024.12.22)も同様である。「経営者、所有者、労働者は、過酷ではあるが、しかし最大限に残酷ではない解決策に至った。…この社会的パートナーシップはドイツにとっての青写真であることが期待されるし、おそらくそうであるはずである。なぜならば、現在の危機はVWだけに関係しているのではないからである」。
他方で経済紙Handelsblatt(2024.12.23)は、総合的にみて妥結はVWの思惑通りであったと指摘する。「〔IGメタルは譲歩を勝ち取ったが〕しかし、クリスマスの奇跡の大きな勝者はオリヴァー・ブルーメである。社長はいまやVWにおける重要な投資計画を貫徹できる。確かに遅れを伴ってはいるが、しかし会社の多くの者が可能と想定していたよりもおそらく早期にできる」。左翼党系の新聞junge Welt(2024.12.23)も「VWの成功」を指摘する。「合意は最終的に会社にとって大きな成功であった。…VWにとって協約交渉はきわめて簡単であった。すなわち、過去のすべての『社会的パートナーシップ的』を解約し、賃下げを要求し、立地閉鎖をやると脅す。その後は会社役員は手を膝に置く(何もしない)」。
当事者であるVWの従業員は妥結をどう受け止めているのか。この点についてクルル氏はこういう。「妥結についてはさまざまな意見があります。大部分は、経営上の理由による解雇が避けられたことを喜んでいます。明日必要とされなくなるという不安を抱く必要がないので、それは重要な要素です。経営側は、高齢者、女性、移動が難しい人員を解雇することを望んでいましたが、不本意にもそれができなくなりました。他方で、多くの従業員は、労働組合が実際には闘っていなかったと言っています。経営者の失策の代償を労働者がもっぱら支払うことなった、これまで対価を払ってきたにもかかわらず雇用保障が確実なものでなかった、と言っています」。
VWにおける今回の妥結は、おそらく今後の人員削減をめぐる労使交渉の「モデル」となることが予想される。そしてVWにおけるIGメタルの組織的な強さを踏まえれば、多くの場合、いっそう労働組合側に不利な形の妥結となることも予想される。ドイツの労働組合がどのようにしてこれに対抗する力を構築してゆくのか、注視しなければならない。[2025/12/24]
