2024年VW雇用危機とIGメタル(1)*

岩佐 卓也(専修大学)

セダンのイラスト(車) 2024年9月2日、VW(フォルクスワーゲン)社長のオリヴァー・ブルーメは、同社の業績悪化を理由として、今後従業員の解雇と工場閉鎖を排除しないと発表した。1937年の創業から工場閉鎖が行われたことのないVWにとって前代未聞の事態であった。ここから同年12月にいたるまで、VWとIGメタルは雇用をめぐって激しく争うことになる。本稿では、この2024年のVW雇用危機とIGメタルについて報告したい。なお本稿執筆にあたっては、かつてVWでIGメタルおよび従業員代表委員会で活動し、現在は自動車産業や労働組合などに関するブログを運営するシュテファン・クルル氏の協力をえた。

1. VW雇用危機の背景と歴史的位置

 周知のようにVWはドイツを代表する自動車会社である。VWグループ傘下企業のうち、VWのプランド車を生産している10工場が今回問題となった。

 左の地図は10工場の立地と従業員数を示している(「.」は小数点ではなく千の桁区切り)。まずVW本社のヴォルフスブルク、ブラウンシュヴァイク、エムデン、ハノーファー、カッセル、ザルツギッターの6工場がある。これに子会社であるVWザクセンのケムニッツ、ドレスデン、ツヴィッカウの3工場と、VWオスナブリュックのオスナブリュック工場が加わる。全体で従業員は約13万人である。
 工場閉鎖と解雇によってVWは過剰な生産能力の削減を断行しようとした。右下のグラフは各社自動車工場について2023年時点での生産能力(外枠の丸、千台)と稼働率(中の丸)を表わしたものである。下段の一番大きな丸にVWのヴォルスブルク工場がある。生産能力は87万台であるが56%しか稼働していない。VW全体で稼働率は70%であり、年間50万台、2工場分の売り上げが足りないとVWは主張した(右下のグラフは「低い工場稼働」Die Zeit 2024.12.24より)。

 VWがこうした状況に陥ったのにはいくつかの要因が作用している。2015年にVWはディーゼル車の検査不正事件を起こし、大きな打撃を受けた。そこからの回復策として重視されたのがBEV(バッテリー式電気自動車)へのシフトであった。VWはドイツの他の自動車会社を上回るスピードでBEV開発に投資し、ツヴィッカウとエムデンはBEVの専用工場となった。
 しかしVWは独自のソフトウェアとバッテリー開発に遅れ、価格は高止まりを続けた。2023年12月にはBEV購入への政府補助金が突如停止された。これは連邦憲法裁判所がショルツ政権の予算転用(コロナ対策予算のエネルギー転換予算への転用)を憲法違反としたことの影響であった。これらのことは、ドイツ国内の充電設備の不備もあいまって、BEV販売低迷を引き起こした。従来ドイツ国内での利益の低さをカバーしてきた中国市場においてもシェアが減少し、VWが重視してきた大型高級車の需要も落ち込んだ。

 そこでVWは、この状況を打開すべく、工場閉鎖と解雇によって生産能力を削減し、あわせて労働コストを引き下げて競争力を回復しようと試みた。利益率を2.3%から6.5%に引き上げることが目標であった。なおこの間株主への高配当は行われており、2023年の純利益160億ユーロであったところ2024年6月に配当45億ユーロが支払われている。

 こうした経営陣に対するのがIGメタルである。VWはIGメタルの牙城のひとつであり組織率は約90%であるといわれるが、労使関係は特殊である。自動車産業は、非鉄金属、機械、電機などとともに「金属・電機部門」に属し、この部門では、地方ごとにIGメタルと使用者団体の間で締結される横断的労働協約が労働条件を規制している。しかしVWは自動車産業ではあっても金属・電機部門の横断的労働協約の規制下にはなく、IGメタルとVWの間で締結される独自の企業協約によって労働条件を規制している。VWザクセンでは別の企業協約、VWオスナブリュックでは横断的労働協約が労働条件を規制している。

 VWの労使関係はその「社会的パートナーシップ」が広く知られていた。ドイツの労使関係全般の特徴はしばしば「社会的パートナーシップ」と表現され、それが他の欧州諸国に比べてストライキの頻度が低いことの背景であるとされる。しかしこの言葉を日本的な労使協調に引きつけて理解することはミスリーディングである。そうではなく、「二つの勢力が対峙し、両者とももし全力を尽くせば相手に大打撃を与えるだけの力を持っているが、しかしそのようなことはあえて控え、相手の利益と立場を尊重し、できるだけ話し合いによって調整をはかる」-といったイメージである。研究者のなかには、平和的にみえても基底に流れる労使の鋭い緊張関係を捉えるためには「対立的パートナーシップ」と表現すべきとの意見もある。
 VWではこの「社会的パートナーシップ」が最も典型的に実践されてきた。1994年、売り上げ減に対応してVWとIGメタルは週労働時間を37時間から28.8時間へ20%削減し、これに伴い賃金を15%削減するとともに組合員の経営上の理由による解雇を行わないことを定める労働協約を締結した。その後も、労働時間削減+賃下げと雇用保障とバーターとすることが続いてきた。つまりIGメタルはVWの経営に配慮して譲歩し、そのことと引き換えにVWは組合員の雇用を保障するという、相互尊重の関係が両者の力のバランスを背景として長く維持されてきた。
 したがって今回のVWの提案は、そうした従来の、揺らぐことがないと思われてきた「社会的パートナーシップ」の想定を大きく逸脱するものであった。9月2日の発表に続いて9月10日、VWは本社6工場に適用されていた雇用保障協約の解約を通告した。この協約は2029年まで経営上の理由による組合員の解雇を行わないことを規定していたが、「基本想定もしくは経済的枠組み条件が根本的に変更となった場合」における解約の定めをおいていた。これにより2025年7月より経営上の理由による解雇が可能になった。9月24日にはVWザクセンの3工場の雇用保障協約の解約が通告された(VWオスナブリュックには雇用保障協約はない)。解雇の規模は5万5千人に及ぶのではないかと噂された。 (2へ続く)

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*本コラムは『金属労働研究』176号に掲載したものである。