熊本で日独労働法協会・国際シンポジウム開催をお手伝いして考えたこと。

春田 吉備彦(熊本学園大学)

仔馬のイラスト 2025年の日独労働法協会・国際シンポジウムのうち、10月12日(日曜日)の熊本学園大学で開催されたシンポジウムと翌日のエクスカーションを私は担当した。この両日の熊本での思い出を振り返ってみる。

シンポジウムの様子

  国際シンポジウム開催前から、台風22号が日本列島を横断し、ドイツ人の皆さん(Franz Josef Düwellさん・Karsten Haaseさん・Rüdiger Krauseさん・Martin Franzenさん・Susanne Franzenさん・Hans Hanauさん・Sebastian Roloffさん・Bettina Bubachさん・Richard Vietzeさん)は、日本に飛行機で到着できるのだろうかとやきもきし、その後も、台風23号が熊本のシンポジウムに影響を及ぼさないかやきもきした。幸い、12日・13日とも、晴天に恵まれた。14日の午前中にドイツ人の皆さんは、熊本城を見学した後、東京にお帰りになられたという連絡を橋本陽子先生から受けたときは心底ほっとした。

大観峰の絶景!

 12日は熊本空港到着後、すぐに熊本学園大学図書館ホールで、シンポジウムを開催した。シンポジウムのテーマは、①Bettina Bubachさん「Aufhebungsverträge und das Gebot des fairen Verhandelns」、②Richard Vietzeさん「Entgeltfortzahlung in der Rechspraxis der ersten Instanz」であった。右の写真から雰囲気が伝わると思うが、和やかな雰囲気のもと、報告と討論が行われた。

 

阿蘇乃やまぼうし

13日のエクスカーションとしては、阿蘇地方を訪問した。まず、大観峰に向かった。阿蘇の街は、九州の中心に位置する「阿蘇山」のカルデラ内にあり、大観峰からは大自然「阿蘇」と、その中で暮らす阿蘇の街を一望できる。大観峰からは、360度の大パノラマが楽しめ、阿蘇の街並みや阿蘇五岳、くじゅう連峰までが一望できる。

阿蘇内牧温泉 蘇山郷

 昼ご飯は、「阿蘇乃やまぼうし」でいただいた。日本人としては阿蘇の豊かな自然が生んだ素朴な郷土料理はホッとする美味さを感じるが、ドイツ人の皆様のお口にあうのかなあとも思っていたが、好評であった。

 昼ご飯の後は、100年以上の歴史を持つ内牧温泉に向かった。夏目漱石や与謝野鉄幹・晶子夫妻など、多くの文豪も足を運んだと言われている、自家源泉の新鮮な湯が掛け流しになっている温泉である。「阿蘇内牧温泉 蘇山郷」では、ドイツ人の皆様も長旅の疲れをゆっくりと癒していただけたのではないだろうか?

 内牧温泉でリラックスした後、阿蘇神社に向かった。阿蘇神社は神武天皇の孫神で阿蘇を開拓した健磐龍命(たけいわたつのみこと)をはじめ家族神12神を祀り、2000年以上の歴史を有する古社である。古来、阿蘇山火口をご神体とする火山信仰と融合し、肥後国一の宮として崇敬を集めた場所である。

 このようにして、熊本の地元の住民や熊本地方の文化と触れ合ったエクスカーションは、ドイツ人の皆さんが熊本で2日間、滞在するホテルに到着することで終わった。

   最後に、若干、私の今後の研究の方向性についても述べてみたい。10月の国際シンポジウムの前の9月に、実は、亡くなった父親が留学していたFreiburg大学を私は訪ねていた。
 熊本でお話しをしてみると、Bettina Bubachさん(BAG裁判官)もFreiburg大学で学び、Rheinland-Pfalz州出身であるそうだ。Rheinland-Pfalz州には、Ramstein米空軍基地やSpangdahlem米空軍基地やBüchel米空軍基地等の多くの米軍基地が集中する。私の研究テーマである、米軍基地で働く労働者の問題にかかわるBAG判決を翻訳する過程で、ドイツ連邦共和国が米国の「訴訟代理人(Prozessstandschfterin)」となる特色のある法的仕組みをとりながら、米国などの駐留軍との間の直接雇用関係にある基地労働者の問題を争う仕組みになっていることが理解できる。
   Bettina Bubachさんにこの点を質問してみると、「訴訟代理人(Prozessstandschfterin)」という概念は基地労働者の労働裁判を考えていくうえで、重要な概念になるということであった。文字で理解していたことが私の頭の中でくっきりと実像として理解でき、今後、より関心をもって、BAG判決を訳出していくモチベーションをいただいた。

   現在の日本の基地労働者の給与等は、特別協定を結ぶことで「同盟強靭化予算」として、日本政府が負担している。一方、ドイツの基地労働者の給与等は米軍等のNATO加盟国駐留軍が負担している。ただし、一部の社会保険料はドイツ連邦政府も負担している。
   NATO加盟国駐留軍のうち米軍においては、米軍が負担する給与等は連邦財務省に償還され、連邦財務省を通じて、ADDと略称されるKaiserslauternにある「Rheinland-Pfalz州監督サービス局(die Aufsichts- und Dienstleistungsdirektion des Landes Rheinland-Pfalz)」を通じて、Rheinland-Pfalz州、Bayern州、Baden-Württemberg州、Hessen州、Nordrhein-Westfalen州のいずれの場所で勤務している米軍基地で働く基地労働者についても給与等として支払う仕組みになっている。

   2025年10月1日から米国政府機関の「一部閉鎖(シャットダウン)」が始まり、ようやく、米連邦議会下院は11月12日、政府機関の一部閉鎖を終わらせる「つなぎ予算」案を賛成多数で可決し、史上最長となった42日間以上の閉鎖を経て、米国政府機関の米国公務員にかかわる支払いが再開することになった。このような米本国の迷走によって、ドイツの米軍基地では、2025年10月21日、ドイツの米軍のもとで働く、約1万2000人のドイツ人基地労働者が給与の損失の危機に瀕している状況にあった。

  しかし、10月22日、事態は大きく動いた。ドイツ連邦政府が責任をもって、米本国のシャットダウンの状況が続いても、基地労働者の10月分の給与は、連邦財務省が暫定的に支払い、Rheinland-Pfalz州のADDを通じて、全ドイツの米軍基地労働者に支払われることが決定された。さらに、ドイツでは11月7日の時点で、米国の政府閉鎖がさらに続いても、Rheinland-Pfalz州・ADDが11月の給与とクリスマス賞与の支払いを代替して、仮払いすることが決定されている。これは、ver.di(統一サービス産業労働組合)の公共サービス部門に組織されたドイツの基地労働者の労働組合の力が強力に働き、ドイツ連邦政府が応えた結果である。

  私自身、2000年4月に日本労働法学会に加入する前に、日独労働法協会には、毛塚勝利先生の紹介によって、1997年4月に加入している。いわば、一番の思いれのある学会において、熊本でホスト役を務めることができて大変光栄であった。今回の熊本での国際シンポジウムやエクスカーションを通じて、もう少し私の語学能力があれば、もっと細やかなおもてなしがドイツ人の皆様にはできたはずであった。今後も、さらに、日独労働法協会の活動を通じて、自分の研究テーマを深め、ドイツの研究者および実務家、そして、ドイツの基地労働者の生の声を聞き取り、ドイツ労働法を学んでいきたい。[2025/11/27]

(*以下の写真をクリック(+クリック)すると拡大して見ることができます。写真はすべて春田吉備彦先生からご提供いただきました)