ドイツ鉄道は好き勝手なことをする?

植村 新(関西大学教授)

      “April, April, der macht was er will.”

     「4月は好き勝手なことをする。」

  ドイツで、4月の天気(Aprilwetter)が猫の目のようにクルクルと変わることをいう諺である。2024年3月下旬、1年間の在外研究に従事するべく家族とともにドイツに到着した私を迎えたのも、この諺のような天気であった。春らしい陽気に誘われて家を出ると俄に空が曇り、雷雨に見舞われる。雪や霰がちらつくのを見てコートを着込んで出かけると、すぐに半袖でもいいくらいの暖かさになる。ドイツに到着してしばらくは、この不安定な天気に慣れるのに苦労した。

 今回、私はボン大学のStefan Greiner教授が主宰する研究所に客員研究員として受け入れていただいた。もっとも、家族がドイツ語、英語ともに不慣れであること、在外研究期間が1年と比較的短いことから、生活環境の激変緩和措置として、ボンではなく、ドイツで最大の在留邦人数を誇るデュッセルドルフ[1]に居を構えることにした[2]

 こうして、私はデュッセルドルフとボンの間をドイツ鉄道(Deutsche Bahn)で往来することになる。利用頻度が高かったこともあり、今回の在外研究で最も印象深かったことのひとつは、このドイツ鉄道の運行状況であった。30分以上の遅延や欠便が出発予定時刻の直前にアナウンスされる、予約したはずの座席が車両ごとなくなる、車両の故障による運行不能を理由に途中の駅で下車させられるといったトラブルに、ほぼ毎回のように出くわす[3]。まさに4月の天気のような不安定さであり、“DB, DB, die macht was sie will.”と、列車を待つホームでよく独りごちたものである。

 もちろん、4月の天気と異なり、ドイツ鉄道も好き好んでこのような運行をしているわけではない。ドイツ鉄道が公表している資料やメディアの報道を簡単に調べたところ、こうした事態は、①鉄道インフラ(車両、線路、信号機等)の老朽化[4]、②老朽化に対応するための大規模な補修工事[5]、③路線網の容量不足と過密ダイヤ[6]、④運転士・乗務員、運行管理者、整備士等の人員不足[7]、⑤労働組合によるストライキ[8]、⑥暴風雨、洪水、熱波等の異常気象[9]といった要因が複雑に絡み合って生じているようである[10]

 さらに、2024年9月以降、ドイツ鉄道は⑦国境審査(Grenzkontrolle)の強化による影響も受けるようになった。ドイツ南部(スイス、オーストリア)および東部(チェコ、ポーランド)の国境では従来からドイツ入国時の検問が実施されていたが、同月16日からはこれが北部(デンマーク)および西部(オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、フランス)の国境でも実施されるようになったのである[11]。検問が実施される場合、列車は検問が終わるまで国境での停車(遅延)を余儀なくされる。

 国境審査強化の背景には移民・難民による刃物殺傷事件(Messerangriff)の発生と排外主義の高まりがある。私がドイツに滞在したわずか1年の間に、マンハイム(2024年5月)、マグデブルク(同年6月)、ゾーリンゲン(同年8月)、アシャッフェンブルク(2025年1月)で移民・難民の犯人が刃物で市民、警察官を無差別に殺傷するという凄惨な事件が立て続けに発生し、ドイツ社会に大きな衝撃を与えた[12]。一連の事件のなかで排外主義の機運が一気に高まっていくのを肌で感じたことも、今回の在外研究で強く印象に残った出来事のひとつであった。

 こうして見ると、「ドイツ鉄道がまったく時刻表通りに列車を運行しない」という、ともすればドイツでも自嘲的な笑い話にされがちな現状は、インフラの老朽化と設備投資の遅れ、少子高齢化による人手不足、労働条件をめぐる労使の深刻な対立、異常気象の増加、排外主義の高まりといった、ドイツ社会全体が直面している(そして、わが国にとっても決して他人事ではない)問題の縮図とも言えそうである。ドイツ鉄道が、そしてドイツがこれらの問題にどう立ち向かうのか、引き続き注目していきたい。                                          [2025/11/16]

*写真は植村教授よりご提供いただいた(2枚とも。写真をクリックすると拡大してみることができます)。1枚目の写真から2時間弱の遅延が発生していることがわかる。
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[脚注]
[1] 外務省領事局政策課「海外在留邦人数調査統計」によれば、2024年10月1日現在、デュッセルドルフにおける在留邦人数は6813人で、ヨーロッパでは大ロンドン市(3万1612人)、パリ(1万761人)に次ぐ3番目の規模である(2025年10月17日最終閲覧。以下同じ)。デュッセルドルフ市の統計資料によれば、2024年12月末時点における同市の人口は65万8245人なので、同市の100人に1人以上が日本人ということになる。
[2] 今回の在外研究にあたっては、井川志郎氏(中央大学)、岩永昌晃氏(京都産業大学)、後藤究氏(成城大学)、榊原嘉明氏(獨協大学)、島田裕子氏(京都大学)、皆川宏之氏(千葉大学)、山本陽大氏(労働政策研究・研修機構)、Karsten Haase氏(弁護士、独日労働法協会事務局長)、伊藤隼氏(北海道大学)、近藤正基氏(京都大学)、坂下陽輔氏(慶應義塾大学)、和田勝行氏(京都大学)をはじめ多くの方々にお世話になった。この場をお借りして厚く御礼申し上げる。
[3] ドイツ鉄道の資料によれば、長距離交通(Fernverkehr)の定時運行率(Pünktlichkeit)は2024年時点で62.5%(Deutsche Bahn, Daten & Fakten 2024, S.1)、2025年10月時点で51.5%(Deutsche Bahn, Erläuterung Pünktlichkeitswerte für den Oktober 2025)となっている。なお、旅客運送については、到着予定時刻から6分未満の遅延で目的地に到着した場合、定時に運行されたものと扱われる(Deutsche Bahn, Integrierter Bericht 2024, S.308)。
[4] Deutsche Bahn, Integrierter Bericht 2024, S.23は、定時運行率低下の主な原因はインフラの劣悪な状況にあるとする(“Hauptgrund ist der schlechte Zustand der Infrastruktur : Sie ist zu alt, zu störanfällig und zu voll.”)。
[5] 2023年には長距離交通列車の4分の3が補修工事のために遅延を被ったという(Lars-Eric Nievelstein, Wie die Deutsche Bahn den Fachkräftemangel bekämpft, Frankfurter Rundschau (Online), 24. Januar 2024)。
[6] ドイツでは日本の新幹線に相当する高速列車(ICE、IC)が在来線に相当する特急列車(RE)や普通列車(RB)、貨物列車と同じ線路上を走行する。1990年代からのコスト削減策により多くの追越用線路や分岐器が撤去されたため、先行する鈍行列車や遅延した列車が後行する高速列車の運行の障害となる状況(Zugfolgekonflikte)が生じているという(Marode und überlastete Infrastruktur, Der Tagesspiegel (Online), 15. September 2023)。
[7] 本文に挙げた人員のほか、線路沿いの樹木を整備する要員も不足しており、⑥異常気象とも相まって線路への樹木の倒壊とそのための運休が生じやすくなっているという(Darum kommen Züge so oft zu spät, Deutschlandfunk (Online), 31. Juli 2025)。
[8] ドイツ鉄道におけるストライキと争議行為法理を紹介した論考として、桑村裕美子「ドイツ公共交通の今(フランクフルトから①)」日本労働研究雑誌770号(2024年)75頁が、ドイツ鉄道におけるストライキを含め、ドイツにおけるストライキの新動向を紹介する論考として、岩佐卓也「ドイツにおけるストライキの新動向-Heiner Dribbusch “STREIK”によせて」(2024年)がある。
[9] 例えば、Die Zeitは、年始以来で最高気温を記録した2025年7月2日、熱波の影響で長距離交通の定時運行率が35.5%にまで低下したとするBildの記事を紹介している(Deutsche Bahn: Im Juni kamen vier von zehn Fernzügen verspätet an, Die Zeit (Online), 11. Juli 2025)。
[10] Deutsche Bahn, Integrierter Bericht 2024, S.61.
[11] Bundesministerium des Innern, Binnengrenzkontrollen an allen deutschen Landgrenzen möglich sein (Online), 9. September 2024.
[12] 連邦各州の内務大臣等で構成される内務大臣会議(Inneminister Konferenz)は2025年1月27日の臨時会議で、「アシャッフェンブルク、マグデブルク、マンハイム及びゾーリンゲンでのテロ事件を踏まえた国内の安全」と題する決議を採択し、テロ行為等を防止するために、情報機関が収集した情報を警察や刑事訴追機関に提供すること可能とする憲法改正を検討するべきだと訴えた。アシャッフェンブルクを管轄するバイエルン州政府は、同月28日の閣議報告で4つの事件に言及したうえで、「バイエルン州は連邦政府に対し、移民の流入を直ちに縮小させ、本国送還の状況を根本的に改善するための措置を講じるよう求める」と発表した。