JILPTにおけるドイツ労働法研究 (2)

(独)労働政策研究・研修機構(JILPT)労働法・労使関係部門 主任研究員
山本 陽大

カクテルのイラスト9◆研究(調査)方法について
 先ほどみた3つの調査研究の枠組みのもとで外国法・比較法研究が実施される場合、その研究(調査)方法には、文献による調査とドイツ現地における調査(コロナ禍以降は、オンラインによるものも含む)とがある。
 このうち、文献調査についていえば、JILPT本部がある上石神井事業所には「労働図書館」と呼ばれる図書館が併設されており、ドイツ労働法に関しても教科書・研究書・コメンタール・雑誌(NZA、RdA、AuR等)が豊富に所蔵されている。また、データベース(Beck-Online等)も充実しているため、文献の入手に困ることはほとんどない。

 一方、現地調査は常に実施されるわけではないが、課題研究・緊急調査においてはそれを行うこと自体が厚労省によって要請される場合があるとともに、P研においても研究テーマ上、現地での調査が不可欠となる場合がある。
 特に、筆者が第3期に実施した労働協約システムに関する研究は、実際にドイツにおいて適用されている(主として産業別)労働協約や事業所協定を分析することにより、産別協約の労働条件規制力やいわゆる“分権化”現象の実態を明らかにすることを目的とするものであった(『労働政策研究報告書No.193・ドイツにおける集団的労使関係システムの現代的展開―その法的構造と規範設定の実態に関する調査研究』は、同研究の最終的な成果である)。もっとも、ドイツの産別協約や事業所協定は外部に公開されていないものも少なくないため、実際に労働組合や事業所委員会(Betiresrat)を訪問し、これらを入手する必要があった。
 これが筆者にとって初めての現地調査の経験であったが、入職してすぐの研究員には、どのようにすれば調査を実施できるのか、もとより右も左も分かるはずがない。そのため、山口理事長の計らいで毛塚勝利先生(元中央大学教授)にご協力願うことになり、文字通り赤子の手を引くような形で調査に同道いただいた(と同時に、数々のご迷惑もおかけした・・汗)。この時に毛塚先生にご紹介いただいた調査先とのコネクションは、その後の別のテーマでの現地調査の際にも大いに活用させていただいている。

 それと並んで、JILPT研究員が海外で現地調査を行う際、非常に大きな助けとなるのが、いわゆるレーバーアタッシェの存在である。
 ご存じの方も多いと思うが、ドイツの場合でいえば、ベルリンにある在ドイツ日本大使館には、厚労省の職員が外務省経由で一等書記官として出向しており、現地の関係機関との強いネットワークを構築している。そのため、JILPT研究員が現地調査により特に行政機関や労使団体(ドイツの場合だと主に連邦労働社会省〔BMAS〕と、ドイツ労働総同盟〔DGB〕およびドイツ使用者団体連合〔BDA〕)を訪問しようとする場合には、アポイントの調整・確保をはじめ、様々な便宜供与をアタッシェから受けることが可能となっている。
 筆者もこれまでに、平岡宏一氏、清野晃平氏、松本直樹氏、川瀬健太氏といった歴代のアタッシェの方々に大変お世話になった(その後、皆さん厚労省に戻られ、エラくなっている)。今もちょうど、現在のアタッシェである衣川書記官には、ある課題研究の関係で、ご協力をいただいているところである。
 また、筆者がドイツで現地調査を行う際に、もはや欠かせない存在となっているのが、独日労働法協会の事務局長も務めておられるKarsten Haase弁護士である。
 筆者がHaase先生に初めてお目にかかったのは、2014年にドイツの解雇法制について現地の法曹関係者に対してヒアリング調査を行った際に、ある経営側弁護士の方から紹介いただいたのがきっかけであった。従って、その出会いはかなり偶然によるところが大きかったのだが、その後、ドイツ労働法制について重要な法改正の動き等があるたびに、Haase先生にはインタビューをさせていただいている。その際、Haase先生はご多忙であろうにもかかわらず、毎回、筆者が事前にお送りした拙いクエッショネアに対して、常に詳細かつ日本人にも分かりやすい内容でのペーパーを用意したうえで、インタビューに臨んでくださっている。まさに、筆者にとってのドイツ労働法の“Doktorvater”であり、Haase先生の事務所(HAASE & LIEBERKNECHT法律事務所)があるデュッセルドルフには、足を向けて寝られない。

◆研究成果について

 続いて、研究成果についてみておくと、JILPTの研究員が執筆する研究成果の公表媒体としては、労働政策研究報告書、資料シリーズ、調査シリーズ、ディスカッションペーパー(DP)の4種類が基本となっている。
 これらは、前述した3つの調査研究の枠組みと直ちにリンクしているわけではないが、労働法専攻の研究員については、P研および課題研究の成果として、労働政策研究報告書、資料シリーズあるいはDPを執筆するケースが多い(これに対して、緊急調査の調査結果については、厚労省に情報提供するのみで、上記媒体によっては公表されないことが多い。また、調査シリーズは、基本的にアンケート調査を実施した場合に執筆されるものなので、労働法専攻の研究員が執筆することはほとんどない)。
 このうち、資料シリーズは文字通り研究を進めてゆく過程で得られた資料を取りまとめて公表するものである一方、DPは研究の中間的な成果を論文形式で公表するものである。従って、労働政策研究報告書を執筆することこそが、JILPTにおける研究の到達目標ということになる。
 そのため、JILPTにおける労働政策研究報告書の取り扱いは、その他の公表媒体とはいささか異なっており、その代表例が「外部評価」と呼ばれるシステムである。外部評価とは、リサーチアドバイザーと称されるJILPT外部の研究者(=大学教授)の先生方に、労働政策研究報告書の内容に対してアカデミックの視点から評価を行っていただくというものである(本稿執筆時点では、労働法分野では、島田陽一先生〔早稲田大学名誉教授〕および小畑史子先生〔京都大学教授〕が、リサーチアドバイザーに就任されている)。そして、そこでの評価結果が、各研究員の人事評価にも影響することになる(人事評価の結果は、直接的には賞与の額に影響する)。

(つづく)