JILPTにおけるドイツ労働法研究
(独)労働政策研究・研修機構(JILPT)労働法・労使関係部門 主任研究員
山本 陽大
◆今年の3月に、労働政策研究・研修機構(JILPT)から、『新興感染症と職場における健康保護をめぐる法と政策-コロナ禍(COVID19-Pandemic)を素材とした日・独比較法研究』を上梓した。
サブタイトルにあるように、コロナ禍をテーマとした研究報告書であるが、執筆中に筆者自身が新型コロナウイルス感染症に罹患してしまい、危うく原稿を落としかけるという出来事のあった、ある意味で思い出深い報告書である(笑)。しかし、何とか刊行にこぎつけ、本協会会員の主だった先生方に献本させていただいたところ、本コラム欄(KaffeePause)ご担当の緒方桂子先生から、「この報告書の紹介文みたいなものをコラムで書かないか」との大変ありがたいお話をいただいた。お言葉に甘えて、本報告書の宣伝は、後ほどさせていただこうと思う。
ただ、その前に、厚生労働省所管の政策研究機関であるJILPTにおいて、ドイツ労働法の研究がどのような形で行われているのかということを、ぜひ紹介させていただきたい。この点は、実は、本協会会員の方々にもあまり知られていないのではないかと思うからである。
筆者は、2012年4月にJILPTに奉職し、今年で勤続13年目になるが、JILPTの歴史のなかでドイツ労働法専攻の研究員が採用されたのは、筆者が初めてである(これは、当時JILPTの理事長であられた山口浩一郎先生〔上智大学名誉教授〕の「大陸法ができる人材が欲しい」とのご意向によるものであった)。そのため、筆者自身も大学院生時代、上記採用にかかる公募に応募し内定通知をいただいたは良いものの、4月から自分が具体的にどういった形で研究に従事することになるのか、当時は全く想像がつかなかった。
そこで、このコラムでは、JILPTにおけるドイツ労働法研究について、研究内容・研究(調査)方法・研究成果という3つの視点から紹介することにしたい。
◆研究内容について
JILPTにおける調査研究の枠組みには、プロジェクト研究(通称:P研)、課題研究、そして緊急調査という3つが存在する。
このうち、JILPTの研究として中核的な存在であるのがP研であり、一期当たり5年間を単位として実施される。筆者は、第3期(2012年4月~2017年3月)の開始と同時に入職したが、現在は2022年4月に始まる第5期(~2027年3月)が進行中である。このP研は、JILPTが自主的に実施するものであるため、わが国の中長期的な労働政策の課題に資するという目標(建前?)はありつつも、比較的テーマ決定の自由度は高く、P研の枠組みのなかで具体的にどのような研究を行うかは、基本的にJILPTや研究員個々人の裁量に委ねられている。
これに対して、課題研究および緊急調査は、厚生労働省からの要請に基づいて実施されるものであり、研究テーマや研究(調査)方法が、厚労省によってある程度指定されている。また、研究期間も比較的短かく、課題研究の場合にはおおむね1年、緊急調査の場合には数ヶ月程度で、成果を求められることになる。
このように、これら3つは研究の枠組みとしては異なるが、いずれのもとであっても労働法専攻の研究員が従事するのは、各自が専門とする外国法の研究、あるいはそれに基づく日本法との比較研究が中心となる。特に、課題研究や緊急調査に関しては、その時々に厚労省の審議会や検討会・研究会等において議論の対象となっている(あるいは、今後なる予定の)テーマに関する各国法の状況について、これら会議体における検討資料とすべく、調査研究が求められるのが通常である(時には、研究員本人が出席しプレゼンを求められることもある)。
筆者がこれまでに経験したなかでいえば、課題研究だと解雇の金銭解決制度や労災保険(補償)制度(特に複数就業者の取扱い)、雇用型テレワーク、また緊急調査だと賃金等請求権の消滅時効やシフト制労働といったテーマが挙げられ、それぞれに関するドイツの法規制や議論・政策動向等について、調査研究を担当してきた。
一方、P研については、第3期に関しては、山口理事長(当時)のご意向に基づいて労働協約システムの研究を実施したが、それ以降は、基本的に自分自身で日・独に共通する中長期的な労働政策上の検討課題を設定し、研究を行っている。このようなものとして、第4期(2017年4月~2022年3月)においては、第四次産業革命と労働法(ドイツでいうところの“Arbeiten 4.0”の議論)を、また現在進行中の第5期においては、新興感染症と労働法および就業者の継続的職業訓練(リスキリング)をそれぞれテーマに、日・独比較法研究を実施している。
ところで、JILPTのHPには、世界各国の最新の労働問題や労働政策の動向に関して速報的に情報発信を行う「海外労働情報」というコーナーがあり、もちろんドイツについても毎月2~3回程度のペースで記事が配信されている。
よく誤解されるので、この場を借りて否定しておきたいが、この記事を書いているのは筆者ではない。
JILPTには調査部海外情報担当という部署があり、同部署に所属する調査員が、それぞれ担当する国に関する記事を執筆している。ここでまず驚くべきことは、基本的に大学院博士課程を経て採用される研究員とは異なり、調査員の方々は必ずしもアカデミックキャリアを有するわけではない事務職として採用され、人事ローテーションのなかで調査部に配置されるという点である。にもかかわらず、各国の記事は、非常に速報性が高いとともに、内容的にも極めて正確である。特にドイツについては、長らく飯田恵子調査員が記事の執筆を担当されているが、筆者自身も報告書や論文の執筆に当たっては、飯田調査員の記事を引用・参照することが多く、そのクオリティには頭の下がる思いでいる。
なお、「海外労働情報」には、上記でみた定期的な配信記事のほか、《フォーカス》と呼ばれる各国の専門家が執筆した論稿を掲載するコーナーもあり、特にドイツに関しては、本協会会員の先生方もよくご存じのHartmut Seifert先生(ハンスベックラー財団経済社会研究所〔WSI〕元所長)が、数多くの貴重な論稿を寄せてくださっている。
(つづく)