ドイツにおける不妊治療と賃金継続支払法

岡本舞子(北九州市立大学准教授)

 ドイツにおいても、生殖医療の発展により、不妊治療の実施件数が増加してきた(D·I·R Annual Report 2022, J Reproduktionsmed Endokrinol 2023; 20 (5))。傷病により労働できなくなった場合、労働者に帰責性がないときには、6週間を限度として、賃金継続支払法に基づく賃金継続支払請求権が労働者に認められているところ、不妊治療により働けない期間についても、賃金継続支払請求権が認められるかが問題になりうる。そこでは、そもそも不妊が賃金継続支払法上の傷病に当たるのかといったことや、不妊治療を行うかどうかは、労働者の私的な領域の問題であり、不妊治療を行うために働けない期間について、果たして使用者が賃金継続支払義務を負うべきなのかということが議論になる。

不妊は傷病か?

 不妊が、賃金継続支払法上の傷病に当たるのかという点について、不妊治療により労働できなかった期間の賃金継続支払請求権の有無が争われた裁判例では、賃金継続支払法上の傷病は、「通常と異なる身体または精神の状態」を前提とするとの解釈の下、「受胎不能(Empfängnisunfähigkeit)」および「生殖不能(Zeugungsunfähigkeit)」は、「生殖可能な年齢における成人において、通常の身体状態からのネガティブな身体的逸脱」であるため、賃金継続支払法上の傷病であると解されている(BAG Urteil v. 26.10.2016, – 5 AZR 167/16-, BAGE 157, 102, Rn. 21)。また、学説でも、同様に解するものがある(Schmitt, Entgeltfortzahlungsgesetz Aufwendungsausgleichsgesetz Kommentar, 9. Aufl. 2023, Rn. 53)。

 もっとも、不妊治療においては、労働者本人の受胎能力・生殖能力に制限がない場合でも、パートナーが受胎不能・生殖不能のため、不妊治療を行い、それにより、労働できない期間が生じることもある。これに関して、上記の判決では、労働者のパートナーの生殖不能のみに基づいて、労働者本人が賃金継続支払法上の傷病であるとは認められないと解されている(BAG Urteil v. 26.10.2016, a.a.O, Rn. 20)。
 その場合、パートナーが生殖不能のため、労働者本人が子を持つ希望(Kinderwunsch)を叶えられないということだけは、傷病と認められず、子を持つ希望が叶えられないことで、労働者本人に身体的または精神的侵害が生じたときにのみ、傷病と解されうるとの見解が示されている(BAG Urteil v. 26.10.2016, a.a.O, Rn. 23)。賃金継続支払請求権の対象となるのは、基本的に、本人が受胎不能または生殖不能の場合であり、子がいないことだけでは、賃金継続支払請求権の対象とはならないと考えられる。
 なお、賃金継続支払請求権との関係では、受胎不能や生殖不能が、傷病に当たるとしても、必ずしも直接、労働不能をもたらすものではないということにも留意が必要である。

不妊治療による労働不能についての帰責性

 また、賃金継続支払請求権は、労働できなくなったことについて、労働者に帰責性がない場合に認められうる(賃金継続支払法3条1項)。帰責性は、個々の事案ごとに判断されるが、たとえば、労災においては、労働者が、使用者の指示や災害防止規定に重大に違反した場合に、帰責性が認められうる(Schmitt, a.a.O., Rn. 136)。また、交通事故において、労働者が故意または重過失により交通規則に違反し、自身の健康を不注意で危険にさらした場合にも、通常、有責と解される(Schmitt, a.a.O., Rn. 169)。他方、労働者が風邪などの病気にかかる場合には、一般に、帰責性はないと解される(Schmitt, a.a.O., Rn. 139)。

 不妊治療(人工授精や体外受精)においては、労働者が自らの意思によりそれを行うことを決定するため、不妊治療によって傷病による労働不能が生じた場合、労働不能について労働者に帰責性があると解されるかが問題となる。同様に労働者の意思により行われうる断種や妊娠中絶(賃金継続支払法3条2項)、臓器移植(同3a条)については、明文で規定が置かれているが、不妊治療に関しては、明文での規定がなく、労働者に帰責性があると解するかについて争いがある。

 これについて、裁判例では、「子を持つ希望」は、労働者の個人の人生形成に関係することであり、賃金継続支払法に基づき、使用者によって負担されなければならない一般的な疾病リスクに関係するものではないと解し、受胎能力に制限のない労働者が、子を持つ希望を叶えるために体外受精を決意する場合、医師により行われた体外受精で、予期しない労働不能をもたらす傷病が生じたときには帰責性はないが、体外受精によって意図的に、予見可能な労働不能をもたらす傷病が引き起こされたときには、帰責性があると解するものがある(BAG Urteil v. 26.10.2016, a.a.O, Rn. 38, 39, 42, 43)。
 この見解によれば、受胎能力に制限のない労働者が子を望んで不妊治療を行うことにより、意図的に予見可能な傷病による労働不能状態を引き起こした場合には、帰責性があることになり、労働者は、賃金継続支払請求権を持たないと考えられる。同判決に対しては、賃金継続支払法により保護される労働者の利益を限定的に解するとして批判もあり、帰責性に関する議論は、なお検討を要する。

おわりに

 ドイツでは、不妊治療により働けない期間について賃金継続支払請求権を認めた裁判例もあるが(ArbG Düsseldorf, Urteil v. 5.6.1986-2 Ca 1567/86, NJW 1986, 2394)、一定の限界もある。日本でも、不妊治療と仕事の両立が重要な課題となる中で、子を望むことをどのように法的に位置づけるか、不妊治療により労働できないリスクをどのように分配するかといったことについて、より検討を深めていきたいと思う。                                            (2024/09/01)