日独労働法協会は、姉妹関係に立ってドイツで同時期に組織された独日労働法協会とともに、1997年に成立された。昨年2021年に設立以来25周年を迎えた。花見忠教授(初代会長、故人)、毛塚勝利教授(初代事務局長)のもとに、ドイツ法に造詣のある労働法学者、日本の厚生労働省、日経連、連合、日本労働弁護団から理事会が構成されて設立された。理事会の体制が変わってもなお、行政機関・団体から多大なるご協力、ご尽力を頂いている。
1999年にはケルンで独日労働法協会との共同での国際シンポジウムが開催され、和田肇教授(前会長)が就業規則法理について、西谷敏教授が解雇法理について、ドイツ語で講演されたことは記憶に新しい。これはドイツでも日本の雇用社会と法のあり方が注目されていたからであろう。このシンポジウムでは、ペーター・ハーナウ教授(姉妹関係に立つ独日労働法協会の初代会長)、ヴォルフガング・ドイプラー教授が類似のテーマで講演された。
日本の研究者が、ドイツ法を比較法の対象とする場合、従来、連邦労働裁判所の判例、学説等を翻訳し、日独の法理の共通点と差異の発見、日本法の法理の形成にも役立てようとする傾向が強かった。
これに対して、本協会のシンポジウムでは、ほぼ定期的かつ継続的に、ドイツ法のみならず、日本法の政策や法理の発信が可能になり、日独双方の法や法理を双方向で国際比較するという日独国際シンポジウムの新たなスタイルを確立した。当時、日本でも国際シンポジウムが盛んであったが、一歩進んだ新しい時代の到来を強く感じた。
本協会は、設立以来、ドイツの労働法学者、弁護士を招聘するだけにとどまらず、ードイツ連邦共和国大使館のご協力のもとにー元連邦憲法裁判所判事のディートリッヒ教授、元連邦労働裁判所判事のデュベル教授、連邦労働社会省事務局長のアンツィンガー氏を日本に招聘してきた。
ドイツ法等を研究する学者らの学会は、日本国内に多数存在するが、本協会は、ドイツの姉妹関係のある団体とともに設立され、そして、いまなお密接な関係を保ちながら存続していること、学者のみならず、実務に精通した政策担当者、実務家と交流を持ちご協力いただきながら存立していることに、大きな特徴がある。
さて、ドイツ法と日本法は、母法と娘法の関係に立つ分野も少なくなく、日本法がドイツ法を継受したといわれる分野もある。日独法の関係は密接である。しかるに、外国の法と社会をアジア人の日本人の目だけを通じて把握するのは、基本的に困難である。憲法(基本法)・法の精神の差異、その精神の深化の違い、文化ないし人々の行動様式の差異、労使関係の構造の相違、歴史的な経緯や制定法ないし判例の形成の若干の相違があるからである。こうした差異を前提として法を理解するのが、互いの国の相互交流を通じてより可能になるというのは、いうまでもない。
ツヴァイゲルト・ケッツは、その著書の冒頭で、ランベールの見解を引用し、比較法の理念として、「人類共通法」という考えを紹介する(同『比較法概論・原論上』(大木雅夫 訳)8頁(東大出版会・1974年)4頁)。これに対して、ツヴァイゲルト・ケッツは、同書において、比較法の意義、定義として、「種々の法秩序をそれぞれの精神と様式において関連づけること」、「比較可能な法制度」ないし「問題解決」を関連づけることだと説く(ツヴァイゲルト・ケッツ・前掲書8頁)。
デジタル化、クラウドワークないし雇用なき就労、持続的成長、リストラ、貧困問題等、先進国が共通して抱える労働政策上の課題、法理論上の課題も多い。資本主義社会が高コストからの退避を行おうとするとき、その問題の現れ方、その解決のアプローチも似てくることがある。日独双方の制定法や法理について、歴史的経緯、社会構造、実務もふまえての双方向での国際比較を通じて、今後も「比較可能な法制度ないし問題解決を関連づけ」は可能である。
現在では、わが国の法科大学院教育への比重の傾斜等により日本でのドイツ法研究者が減少し、また、労働法学の研究手法として比較法的研究よりも判例研究が重んじられる傾向がみられるが、こうした傾向は、比較法学にも携われる研究者から見て、いまや過去に戻ってしまっているのではと思うほどの残念な状況ではある。
こうした状況ではなおさら「人類共通法」というのは研究者の夢想かもしれず(こうした見解には批判もあり得る)、またさらに、学説において見解はさまざまに形成されうる。しかし、複数の普遍的な解決の糸口、アプローチというのはありうるかもしれない。
本協会が、日独の国際交流、日独労働法の共通点・相違の発見、日独各々の将来にわたる政策形成、法理論形成にいくばくか役立つだけではなく、普遍的な人類の知の発見・創造にも関われれば、幸いである。
日独労働法協会 会長 高橋賢司(立正大学教授)
(2022年4月22日)