コロナ禍で顕在化した「組織化された無責任」-ドイツ食肉産業をめぐる法の動き

緒方 桂子(南山大学教授)

 ドイツといえばソーセージとザワークラウト、そしてビール。そんな定番のイメージの中心にあるソーセージは、いったい誰が、どのような労働条件のもとで作っているのか。これまであまり考えられることのなかった問題がコロナ禍のなかで注目を浴びることになった。今回はこの問題をとりあげてみたい。

 少し前の話になるが、日本社会政策学会の学会誌『社会政策』に掲載された、本会の会員でもある岩佐卓也専修大学教授の「コロナ危機下におけるドイツ食肉産業-『組織化された無責任』をめぐって」(社会政策第14巻第1号(2022年6月)157頁)は、最近のドイツにおける食肉産業に対する法規制の強化について紹介した論文であるが、間接雇用の抱える問題を考えるうえで非常に示唆に富むものであった。

 同論文においては、ドイツの食肉産業が2000年代以降請負企業を通じて東欧諸国(ポーランド、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア等)出身の労働者を大量に活用してきたこと(食肉産業で就業する従業員のうちの約3割が東欧請負労働者であるという)、2020年4月中旬以降ドイツ各地域の食肉工場において集団的な新型コロナウイルスへの感染(クラスター)が発生したこと、その状況を受けてNGG(食品・飲食・旅館業労働組合)がフーベルト・ハイル労働社会大臣に公開書簡を送り食肉産業においては「SARS-CoV-2労働保護基準」が限定的にしか実施されていないことを指摘して、同産業の「中核部門[屠殺・解体・加工]における請負禁止」等を要求したこと、そしてそういった要求に対応する形で同年7月に「労働保護管理法案」が閣議決定され、同年12月には連邦議会および連邦参議院で可決・成立したこと等が紹介されている。(JILPT国別労働トピック「コロナ禍の食肉産業における外国人労働者」も参照)
 同論文は、フランクフルト・アルゲマイネ紙などの新聞記事や「シュピーゲル」といった雑誌の記事、またDGB(ドイツ労働総同盟)などの報告書を手がかりに、コロナ禍におけるドイツの食肉産業をめぐる法の動きを丁寧に描き出している。

 さて、2020年12月に成立した労働保護管理法(食肉経済における労働者権利保障法Gesetz zur Sicherung von Arbeitnehmerrechten in der Fleischwirtschaftの改正法などを含む一括法)は、2021年1月1日より食肉産業の中核部門における請負を禁止すること、同年4月1日より派遣を禁止すること(ただし、従業員49人以下の事業所については適用除外、また2024年4月1日までは食肉加工の受注ピーク時に限り従業員比8%まで労働協約に基づき導入を認める)等を規定したものである。

 請負はともかく、特定の業種について派遣を禁止するという仕組みは日本にもある。
 しかし日本で、①港湾運送業務、②建設業務、③警備業務、④医療関係業務における派遣労働が禁止(労働者派遣法4条1項)されているのは、港湾労働者派遣事業など特別な労働力需給調整のための雇用政策が別個に講じられている(①及び②)、あるいは、業務の適正な実施確保の観点から労働者派遣という就業形態がなじまない(③及び④)といった理由による。
 それと比較すると明らかなように、今般のドイツの食肉産業に対する規制強化の目的は大きく異なる。端的にいえば、劣悪な職場環境(低温・高湿度・不十分な換気等)のもとで働く労働者を、違法または不適切な扱いから保護するために、派遣労働および請負労働を禁止するというのである。

 食肉産業で就業する労働者が請負会社あるいは派遣会社から派遣された労働者であったとしても、同産業の直用労働者や他の産業の労働者と同じく、労働安全衛生の確保、最低賃金の保障、適正な労働時間管理等の対象となる。彼らを使用する者、すなわち派遣会社、請負会社、ユーザー企業はそれぞれ相応の法的責任を負わなければならない。

 しかし、現実には、間接雇用のもとでの三者間の責任関係はあいまいになりがちで、違法な、あるいは不適切な扱いが横行しやすい。その危険性は外国人労働者であればより深刻なものになりうる。そういった現実が、食肉産業においてはクラスター発生の大きな要因となった。ドイツはこれを早急に克服すべき課題であると捉え、その解決手段として、食肉産業における派遣労働者および請負労働者の使用を禁止したのである。

 なんと思い切った政策だろう。

 同法に関する連邦議会での公聴会に際して、DGB執行委員会のアニア・ピール(Anja Piel)氏は次のように述べた。
 「連邦政府が、そもそも搾取と虐待のシステムを可能にしてきた組織的な無責任についに終止符を打つことを真剣に考えるなら、派遣労働と請負契約の禁止を避けて通ることはできない」と(DGBプレスリリース 5/10/2020)

„Am Verbot von Leiharbeit und Werkverträgen führt kein Weg vorbei, wenn es dieser Bundesregierung ernst damit ist, endlich Schluss zu machen mit der organisierten Verantwortungslosigkeit, die das System von Ausbeutung und Missbrauch erst ermöglicht hat.„

   また、著名な労働法学者であるヴォルフガング・ドイブラ―教授 (Prof. Dr.Wolfgang Däubler)も、DGBおよびNGGへ向けた意見書『食肉産業における労働法上の問題』(18/9/2020)のなかで、派遣労働および請負労働の禁止は違憲ではない旨の見解を示し、法改正を後押しした。

 もちろん食肉産業界は、このような特定の産業における間接雇用制限規定はドイツ基本法に反するとしてすぐさま違憲訴訟を提起した。しかし、これまでのところ、連邦憲法裁判所は、同法の違憲性について実体的な審査には入ることなく、違憲訴訟にかかる法的要件を備えていないとして訴えをしりぞけている (BVerfG、Beschl.v.1.6.2022)。

 先のピール氏の発言のなかにあった「組織化された無責任」(organisierte Verantwortungslosigkeit)という表現は、2020年にDGBが出した報告書『食肉産業の裏側-責任のアウトソーシングは組織化された無責任』(DGB, 2020. ”Hintergrund Fleischwirtschaft – Das Auslagern von Verantwortung ist organisierte Verantwortungslosigkeit”)においても用いられるなど、労働組合が食肉産業で働く労働者が抱える問題を社会にアピールする際のパワーワードとして使われている。
 この表現は「リスク社会論」で有名なドイツの社会学者であるウルリッヒ・ベック(Ulrich Beck)が1988年に著した”Gegengifte. Die organisierte Unverantwortlichkeit” (Suhrkamp Verlag,1988. 『解毒剤:組織化された無責任』(訳本はないようである)) に由来する、あるいはもじったものと思われる。ベックは、「組織化された無責任」という表現で、特定の個人や組織ではなく社会構造に起因して無責任な状況が引き起こされる事態を描いた。
  Unverantwortlichkeitと Verantwortungslosigkeit は辞書で引くとどちらも「無責任」と出てくる。このふたつの単語の使い分けはドイツ語を母国語としない私にはよくわからないが、日本語でも「無責任」と「責任の欠如」では微妙にニュアンスが異なるように、ドイツ語でも違いがあるのかもしれない。ドイツ語における前者の表現は単にある特定の状態を言い表すだけだが、後者の表現には「あるべき責任が失われてしまった」「責任を不当に免れている」というニュアンスを感じる。

 とまれ、「組織化された無責任」という表現に接したとき、間接雇用という就業形態が本質的に抱える問題をうまく言いあらわすものだと感心した。
 もっとも、「組織化された無責任」はなにも食肉産業でのみ生じることではない。連邦軍を出動させるほどに大規模で深刻なクラスターを発生させたため食肉産業に注目が集まったが、同産業において顕在化した問題は、間接雇用という就業形態が潜在的に抱えている問題であって、他の産業でも起こりうる問題である。もちろんドイツ特有の問題でもない。さらにいえば、コロナ禍における新しい問題でもない。しかし他方、コロナの感染拡大を阻止しなければならないという緊迫した社会状況でなかったとしたら、ドイツが(あるいは、ドイツですらというべきか)、ここまで思い切った政策を展開したかどうかはよくわからない。

 間接雇用の抱える「組織化された無責任」という今般の問題提起は、どこまでの広がりをもつのか、あるいは、コロナ禍における一過性のもので終わるのか。
 コロナ禍の経験によって、従来からある労働法上の問題があぶりだされたという指摘は、あちらこちらで行われているが、この問題もまたそのひとつであることは間違いないだろう。

[2023/01/27]